『難聴と認知症』
2017年7月、国際アルツハイマー病協会会議にて、国際的に権威のあるランセット国際委員会が「認知症の症例の約35%は、潜在的に修正可能な9つの危険因子に起因する」と発表しました。
また、「予防できる因子の中で、難聴は、認知症の最も大きな危険因子である」という指摘がなされました。
近年の国内外の研究においても、“難聴のために音の刺激や脳に伝えられる情報量が少ない状態にさらされると、脳の萎縮や神経細胞の弱まりが進み、認知症の発症に大きく影響する”ことが明らかになってきています。
そのため、世界保健機関(WHO)や日本の厚生労働省は、難聴ケアのための補聴器装用を推進しています。
日本耳鼻咽喉科・頭頸部外科学会も「難聴と認知症」の関係について非常に重視しており、「難聴ケアのための補聴器装用」の啓発に力を入れています。
難聴と認知機能の低下
「難聴」と「認知機能の低下」の因果関係や詳しいメカニズムはまだ解明されていないところがありますが、いくつかの仮説を紹介します。
仮説① 難聴により音やことばがきこえにくくなることで、聴覚を必要とする日常のさまざまな活動が減少し、認知機能の低下がもたらされる
きこえが悪くなり、会話が難しくなると、家族や周りの人たちとのコミュニケーションが減ってしまいます。
また、きこえが悪いため後ろから名前を呼ばれたり挨拶をされたりしても気が付かないだけなのに、「あの人は最近不愛想になった」「挨拶も返さない」などと言われたり...
きこえの低下に伴って現れるトラブルから家に引きこもりがちになり、活動性が低下することが認知症につながると言われています。
仮説② 難聴と認知機能の低下が共通の原因で起こる
加齢性難聴の病変部位は内耳の障害だけではなく、脳の神経細胞の減少や障害が原因となりますが、認知機能の低下も同じように脳の神経細胞の減少や障害により起こります。
難聴と認知症は同じメカニズムで起こる病態であり、難聴がある人ほど並行して認知症機能も低下しやすいと考えれています。
仮説③ 脳の働きの多くが「きく」ことに費やされてしまう
きこえが悪くなっても、脳は何とか音や声をきき取ろうと必死に働きます。
その結果、「きく」以外の他の認知的作業が減ってしまい、それが脳の機能の低下につながるというものです。
アンチエイジング・ツールとしての補聴器
難聴になると周囲社会との関係が希薄になるため、難聴→孤独→うつ→認知症につながるルートが作られてしまいまいます。
認知症は発症してしまうと、根治することが難しい病気です。
しかし、難聴による不便さは、早目の補聴器装用や日常生活の見直しで改善ができます。
補聴器をつけて適切な「きこえ」を維持して脳を活性化する。
そして、「きこえ」を維持することにより、家族や友人とのコミュニケーションを楽しむことで認知症を予防したり、発症を遅らせたりする可能性があります。
現段階では「早く補聴器をつければ認知症を予防できる」とは断言できませんが、難聴が認知症のリスクである以上、「早い時期から補聴器を上手に活用した方がよい」と考えます。
あらためて、難聴は認知症の最も大きな危険因子です。
聴力の低下を感じたら、放置せず、なるべく早く対処しましょう。
市村恵一(いちむら・けいいち)先生
東京大学医学部卒。耳鼻咽喉科医師。 浜松医科大学講師、東京都立府中病院医長、東京大学医学部講師、助教授、自治医科大学教授、副学長を歴任。 石橋総合病院院長を経て、現職。現在自治医科大学名誉教授、評議員。耳鼻咽喉科専門医、気管食道科専門医。 日本小児耳鼻咽喉科学会理事長、日本鼻科学会常任理事など多くの学会の要職を歴任。 難病のオスラー病鼻出血の手術治療の第一人者。補聴器適合判定医、 補聴器相談医の資格を活かして、最近は高齢者の補聴診療に携り、市村順子と「イチムラデザイン」を考案、実行。