忘れ物常習犯はADHD?小中学生の8.8%が発達障害の可能性に「医学的根拠なし」

忘れ物常習犯はADHD?小中学生の8.8%が発達障害の可能性に「医学的根拠なし」

小・中学生の8.8%が「発達障害」かもしれない──。

2022年12月に文部科学省が発表した調査*1によると、学習面や行動面で困難を抱える子どもたちは8.8%に上るという。

2012年に行われた同様の調査と比較すると2.3ポイント増えた。

文科省による2020年の別の調査*2では、注意欠如・多動症(ADHD)、自閉スペクトラム症(ASD)、学習障害(LD)など、総称として発達障害と呼ばれる障害を持ち、特別支援学級に通っている小中高生の数は16万4697人。

この数字は過去最多であり、前年より3万512人増えている(注:この数字には難聴や肢体不自由、病弱の生徒数も含まれている)。
 
だが、日本で最初にADHDの専門外来を立ち上げた精神科医の岩波明氏は「8.8%という数字に医学的根拠はない」と指摘する。

どういうことか?

誤診も多い発達障害の診断現場

──文科省が発表した一連の調査によると、「発達障害かもしれない」とみられる子どもが増えています。この結果をどのように評価していますか。

岩波明氏(以下、敬称略):文科省の2つの調査は学級担任などに対するアンケート調査で、医学的な根拠はありません。そもそも、日本や海外の医学研究において、「発達障害の発生頻度が増えている」とは言えないと思います。

海外では、国民全員の医療情報をデータベース化し、発達障害などの全数調査を行なっている国もありますが、日本ではそうような疫学的な調査はかなり遅れています。

「8.8%」という数字は、専門医による診断結果を反映させたものではないので、学校で「発達障害かもしれない」と認知される件数が増えているということ以上のことは言えません。

発達障害の頻度については、8.8%という数字は、実は低く見積もり過ぎと考えられます。

いろいろなデータがありますが、海外の代表的な教科書では、ASDの有病率は1%、ADHDは7〜8%、LDは4〜8%と記載されています。

つまり認知されていないケースが数多く存在しているのです。

──ADHDやASD、LDは、それぞれ症状は大きく異なりますが、どのような基準で診断しているのでしょうか。

岩波:基本的には米国精神医学会の診断基準であるDSM-5(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders-5)がベースになっています。

最終的な診断は、現場の医師に委ねられています。

診断のためには、本人、家族の問診を重ね、出生時から現在までの生活状況や不適応の状態を把握することが重要です。

ADHDは不注意さと多動・衝動性、ASDは対人関係、コミュニケーションの困難さと特定の物事へのこだわりの強さ、LDは「読み、書き、算数」などに関する障害が特徴的な症状です。

しかし、それぞれの脳のメカニズムはまだ明らかになっていません。

この点は精神疾患全般に言えることで、がんや糖尿病などといった客観的な指標がある身体疾患とは異なっています。

また、発達障害の診断は誤診が多いので注意が必要です。

日本の医学の歴史において、児童期については知られていたものの、成人期の発達障害という分野が認識されたのは10〜15年前のことであり、以前は医学部でもふれられることはありませんでした。

ある年代以降に医師になった人はこの分野の教育を受けていないため、診断や治療が難しいケースがみられます。

実際に高名な医師によって、ASDの人が統合失調症と診断されたり、ADHDが躁うつ病と診断されたりといったケースも見受けられます。

──専門医でも診断が難しいものを、なぜ文科省は、医師免許を持っていない教員に「認知」させることを推進しているのでしょう。

8.8%という数字のカラクリ

岩波:発達障害の問題が、社会的にもひんぱんに取り上げられている現状においては、行政としても、基本的な実態を把握する必要があると認識していると思います。

もっとも日本では本格的な全数調査は難しく、また診断可能な医師の数も十分ではないため、このような調査の形をとっているものと考えられます。

基本的な構図として、小・中学校では教員の数が不足しており、30〜40人近くの児童全員に個別対処することが難しい状態にあると思います。

いじめや不登校など、学校における問題はいっこうに解決に向かっていません。

このような問題の背景に、発達障害の存在があるのは明らかです。今の小中学校の仕組みでは、通常学級でこれらの児童の指導はしきれないでしょう。

──例えばADHDの症状の一つに「忘れ物が多い」とあります。教育現場が「忘れ物をよくする子どもの像」を策定することはできるのでしょうか。つまり「1週間に1回のペース」で忘れ物をするのが「忘れ物が多い」のか、あるいは「1週間に3回」なのか。この辺りの判断は、非常に難しいところだと思うのですが。

岩波:最終的な診断は医師によって行いますし、その方法は現場の医師によってまちまちです。

専門の医師は、それぞれに疾患の典型例に対するイメージを持っています。


これは経験を重ねるほどはっきしたものになることが多いと思います。

精神疾患には明確な生物学的マーカーはありませんし、患者や家族からの情報も不確かな場合もたびたびあります。

しかしながら、医師はこれまでの経過、現在の症状、不適応の起こり方などについて、典型例と比較することで、診断を行っている場合が多いと思います。

忘れ物の頻度は重要な情報ですが、これだけで指標にはできないでしょう。

成人してから発達障害の診断を受けた方の9割以上は「診断を受けてよかった。今まで生きづらかったけどこれで安心できる」とおっしゃいます。

自分の発達の特性を知ることができれば、自分に合った環境を選んだり、苦手な作業は避けたりといったようなことができるようになるからです。

子どもの場合は診断を受けさせるかどうかの判断は親が行うことになりますが、早期に受診することは重要であると思います。

親としては迷いもあるでしょうが、投薬が有効なケースも少なくありませんし、療育が必要な場合もあるでしょう。

田舎の学校では不適応も許される?

──ただ、忘れ物が多い子どもがいたとして、転校したり、生活習慣が改善したりすれば忘れ物が減る可能性も否定しきれないと思います。

岩波:現在、学校における競争的な環境が強くなっているため、子どもが生きづらさを感じる機会が増えている、という現象がみられます。

私立中学を見ますと、大学の付属校においても、受験校化が進み、かなりの課題が出されています。

高校生では、偏差値でトップクラスの学校は、発達障害を疑われたり、発達障害と診断されたりする子どもが自由にのびのび過ごしていることが多いようです。

ただ、中間層の都立高校などは、非常で管理的で厳しい環境です。遅刻や欠席を繰り返すと、例外なく留年か退学を選択しないといけません。

規則や型にはまらない生徒を受け入れようとする姿勢がなく、生徒のメンタル面が心配になります。

──子どもが置かれている環境によって、許容される振る舞いの程度も変わってくるわけですね。

岩波:その点は、学校の方針によって大きく変わるものと思います。私は中長期的には、クラスの人数を減らすべきだと考えています。

少なくても、小中学校は欧米なみに、1クラス20人前後とすべきですし、それが難しいなら、教員やスクールカウンセラーを増やすべきでしょう。

一人ひとりの児童をしっかり見ることができない現状に対して、多忙な教員を責めるべきではありません。

現在は非常勤のスクールカウンセラーが週1日しか学校を回っていないという状況が普通ですが、これを例えば常勤にするだけでもかなり環境は改善すると思います。

社会の中で普通に生きている人が大半

──学校で発達障害を疑われる子どもを育てている親の心配事は、将来の自立だと思います。

岩波:成人の発達障害の人をみていると、子どもの時に発達障害と診断された人の多くが、普通に社会生活を送っていることは珍しくありません。

無論、その人が働いている職場の理解があるかどうかも関係しますから、様々な場合があるのは事実です。

ただ人生の早い段階で診断を受け、自分の得意なこと・苦手なことを知っておくのは、長い目で見たときに有効に働くでしょう。

現在通院中の障害者雇用で就労しているADHDの人の例になりますが、数年間しっかり仕事を継続し周囲からも認められ、「今は海外勤務の候補になっている」ということを聞きました。

このように、社会的に活躍されている人は相当数いるのです。

現在発達障害と診断される子どもが大人になる頃には、日本社会が多様な個性を受け入れることができる余裕があって欲しいと思います。

かつての日本では個人商店も多く、自分のペースで仕事や生活ができる余地が残されていました。

現在会社員として働くには、一般の人にとっても高度なコミュニケーション能力が必要な上に、コンプライアンスなどさまざま点で管理化が進んでいます。

発達障害に限らず、個性、特性を尊重し、その能力を発揮できる企業や社会のシステムを構築していくことが求められています。

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