【難聴・耳鳴り】80代では70% 「聞こえが悪い」を放置すると、社会的に孤立し認知機能が低下するリスクも

【難聴・耳鳴り】80代では70% 「聞こえが悪い」を放置すると、社会的に孤立し認知機能が低下するリスクも

多くの高齢者を悩ます耳のトラブルといえば難聴や耳鳴りです。難聴は60代後半で3人に1人、80代では約70%にみられるといいます。加齢性難聴や耳鳴りになりやすい人、気をつけたい症状、治療の進歩などについて、解説します。

【図版】認知症になってからでは遅い? 難聴でも、補聴器がつけられなくなることも…

本記事は、2024年2月下旬に発売予定の『手術数でわかる いい病院2024』で取材した医師の協力のもと作成し、お届けします。

加齢とともに聞こえが悪くなる加齢性難聴。耳の鼓膜より奥の内耳には聴覚をつかさどる感覚器官、蝸牛(かぎゅう)があり、蝸牛内部には「有毛細胞」という音を感じる感覚細胞があります。加齢性難聴は、この有毛細胞が加齢により壊れて減少していくことによって生じる病気です。一度、失われてしまった細胞は元には戻らないため、治療としては補聴器によって聞こえを補うことが大切になります。

加齢による聴力の衰えは、40代から少しずつ始まります。初期にはモスキート音などの高音域のみが聞き取りにくいため、聞こえの悪化に気付きにくいとされています。次第に会話や日常生活で使われる音域の聞こえも悪くなり、60代になると聞こえの悪化を自覚する人が増えはじめます。聖マリアンナ医科大学病院耳鼻咽喉・頭頸部外科診療部長の小森学医師は聞こえの悪化についてこう話します。

「加齢による聞こえの悪化はある日突然なるわけではなく、徐々にはじまります。生活のなかで聞き返しや聞き漏らし、聞き間違いが増えていき、家族にすすめられて病院を受診する人も多いです」

加齢性難聴を疑ったら、耳鼻咽喉科を受診します。最初におこなわれる聴力検査では、ヘッドホンを使って、異なる高さの音の聞き取りレベルを測定し、難聴の程度を評価します。加齢性難聴と診断されたら、できるだけ早めに補聴器などを使って、聞こえを補うことが大切になります。補聴器を使い続けることで難聴になった脳をトレーニングできれば、再び言葉を聞き取れるようになります。

「生活の不便を感じ始めたら早めに補聴器を検討しましょう。補聴器装用の目安は平均聴力レベルで35~40㏈。これは、小さな声や騒音下での会話の聞き間違いや聞き取り困難を自覚する軽度難聴の段階です」(小森医師)

加齢性難聴は進行性の病気のため、時間とともに症状が進行します。聞こえの悪化に気づいたら、早めの対応が大切です。高齢者の多くが直面する問題として、難聴がコミュニケーション障害の原因となり得ることも指摘されています。

「難聴を放置すると、周囲とのコミュニケーションが減少して社会的に孤立し、認知機能が低下するリスクも高まります。認知症発症のリスクも高まるため、難聴は早めの発見と補聴器装用などの適切な対応が重要です。健康寿命を延ばすためにも、ささやき声程度の音の大きさが聞こえる30dBの聴力を補聴器装用などで維持するようにしましょう」(小森医師)

日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会でも現在、「80歳で30dBの聴力維持」を目標とする「きこえ8030運動」を提唱しています。

補聴器には適切な調整と訓練が必要

補聴器は、眼鏡のように単に装着するだけでは聞こえるようにはなりません。適切な調整と訓練が必要です。補聴器を使用する前にかならず、耳鼻咽喉科で診察と聴力検査を受けることも大切です。聞こえの悪い人が適切に補聴器を使用するための指導をおこなうのは補聴器相談医です。補聴器相談医による診断後、補聴器適合に関する診療情報提供書が発行されますが、補聴器購入で医療費控除を受ける際にも、この診療情報提供書が必要になります。

補聴器を使いこなすには一定期間の訓練が必要です。聴覚レベルに合わせ、言語聴覚士や認定補聴器技能者による微細な調整のもと、最初は目標値の70~80%の音量レベルから使い始め、徐々に音量を上げていきます。

「朝起きてから夜寝るまで補聴器を装着しながら慣らしていきますが、難聴の人は静かな環境に慣れてしまっているため、つけ始めはうるさく感じます。最初の1カ月が一番大変です。それを越えると慣れていくケースが多いです」(小森医師)

聞こえの改善が思わしくない場合には、文字の視覚情報も併用して補聴器で言葉を聞く「聴覚リハビリ」によって、聞こえの改善が進むケースもあります。

補聴器の調整や訓練でも聞こえの改善がみられない場合や、高度・重度の難聴の場合には、人工内耳を植え込む手術が検討されます。人工内耳は基本的に、平均聴力が70dB以上で、補聴器を使用しても言葉の聞き取りが50%以下の場合に適用されます。現在、人工内耳を植え込む手術は大学病院など特定の病院でのみおこなわれています。

「人工内耳は近年、目覚ましく進化していて聞こえ方の明瞭度も高まり、製品もより使いやすく改良されています。加齢性難聴で補聴器での聞き取りが悪くなっても、人工内耳で聞こえが改善するケースも多くあります」(小森医師)

耳鳴り治療は病気を理解し、意識を外すこと

加齢に伴う耳のトラブルには「耳鳴り」もあります。日本人全体の約10~15%が耳鳴りを経験しており、65歳以上の高齢者に限ると約30%が耳鳴りを抱えていると考えられています。とくに難聴をもつ人では約7割が耳鳴りを経験しています。

高齢者の耳鳴りの多くは加齢性難聴が原因です。加齢により高音域など外部からの音が聞き取りにくくなると、脳は音を認識しようとして感度を上げ、それが刺激となって、本来はないはずの音を作り出してしまいます。これが耳鳴りの原因です。

耳鳴りの診断には問診、耳の診察、聴力検査、画像検査などがおこなわれます。耳鳴り治療では、耳鳴りの音に慣れること、耳鳴りの音が常に聞こえていても気にならない状況を目指します。

治療には耳鳴り再訓練療法(TRT)の一つである音響療法や補聴器が利用されます。音響療法は、耳鳴りよりも少し小さい音を流し続けることで、耳鳴りから意識をそらす治療法です。同時に、耳鳴りについて理解する「教育的カウンセリング」もおこなわれます。

「耳鳴りで受診する人は病気への不安感が強く、それが症状を悪化させていることもあります。耳鳴りの半分は病気ではなく生理的なものです。耳鳴りに対する理解を深めることで安心し、気にならなくなる人も多いです」(小森医師)

難聴による耳鳴りの治療には補聴器が有効です。「補聴器によって聞こえを補うと、脳の感度調整も緩やかになり、耳鳴りが落ち着くことが多い」と小森医師は話します。

このように、難聴や耳鳴りは多くの高齢者にさまざまな影響を及ぼす病気ですが、適切な治療や対処法を通じて、その症状を軽減させることは可能です。とくに、聞こえの問題によって、生活に困るようなことがあれば、専門医のアドバイスを受けながら、早めの補聴器の装用など、自身に合った治療方法を見つけましょう。

(文/石川美香子)

【取材した医師】
聖マリアンナ医科大学病院耳鼻咽喉・頭頸部外科 診療部長 小森 学 医師

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