2025.04.01

NPO法人こめっこが開催する、きこえない、きこえにくい赤ちゃんとママ・パパが集える場「べびこめ」の様子
この記事のPOINT!
- 親子間のコミュニケーションが、子どもの人格形成や心理発達に大きな影響を与える
- NPO法人こめっこでは、聴覚障害のある子どもにとっての手話獲得の重要性を科学的に証明する研究を実施
- 手話との出合いを全国に広め、きこえる人もきこえない人も混ざり合う社会の実現を目指す
取材:日本財団ジャーナル編集部
出産後、自分の子どもの耳がきこえない、きこえにくいと判明したとき、手話を取り入れるのではなく、「どうにかきこえるようにならないか」と苦心する親御さんは少なくありません。
そうした結果、言語発達の遅れや、他者とのコミュニケーション問題など、子どもたちは成長する過程でさまざまな困難と直面します。
そのような問題と向き合い、きこえない、きこえにくい子どもたちとその家族に寄り添いながら手話を習得する支援しているのがNPOこめっこ(外部リンク)です。0歳から未就学のろう児や難聴児(※)が集まり、遊びを通して手話の力を育む場を提供しています。
※ろう児は、生まれつき聴覚に障害があり、ほとんどきこえない状態の子ども。難聴児は、きこえ方の程度に差はあるが、補聴器機を使えばきこえる可能性がある状態の子どもを指す
また、日本財団の助成を受けて2020年から取り組み始めたのが、「手話言語を獲得・習得する子どもの力研究プロジェクト」。乳幼児期の子どもにとって、手話の獲得や習得が、人格形成や心の健康にどのような影響を与えるかを、科学的に明らかにするものです。
今記事では、こめっこのスーパーバイザーである神戸大学の河﨑佳子(かわさき・よしこ)教授、代表理事の物井明子(ものい・あきこ)さん、常務理事の久保沢寛(くぼさわ・ゆたか)さんに、きこえない、きこえにくい子どもとその家族が抱える問題と共に、手話の習得が子どもの成長にどのような影響を及ぼすかについて、お話を伺います。

左から、河崎佳子教授、久保沢寛さん、物井明子さん
家庭内のコミュニケーション不全が、子どもの心理発達を左右する
――まずは、聴覚障害当事者である物井さんと久保沢さんに伺います。きこえない、きこえにくい子どもたちはどのような問題に直面するのでしょうか?
物井さん(以下、敬称略):親がきこえて、手話がなく、音声だけでの会話だと、やはりコミュニケーション面で問題が生じます。きこえる親がどんなにゆっくり大きく口を動かしたとしても、きこえない子たちには十分に届かない。
そういう家庭で育った子どもたちが成人して、「お父さんお母さんと、もっとたくさん話したかった。深い話がしたかった」というような話を聞きます。
私自身は親もろう者だったので、家庭のなかにごく自然と手話が存在していました。手話を使ってコミュニケーションを取るのが当たり前だったんです。大人になってから、親とのコミュニケーションに苦労してきたきこえない人たちを見て、私は家の中に手話があって良かったと思いました。

きこえる親ときこえない、きこえにくい子どもをつなぐ「手話」の重要性について話す物井さん
久保沢さん(以下、敬称略):きこえない子どもの立場としては、やはり親が手話で話してくれると安心します。音声優位の社会のなかで、きこえない人たちは情報を得るために常に気を張らなくてはいけません。でも、それは負担が大きい。
だからこそ、家庭内に手話があるとホッとしますし、気を張る必要がない、という安心感にもつながるのではないでしょうか。実際、私もそうでした。

家庭内に手話があったことで安心したという久保沢さん
物井:でも、きこえる人たちが子どもを産み、わが子の耳がきこえないことを知ると、やはり大きなショックを受けてしまいますよね……。本来、自分の子どもはとてもかわいい存在じゃないですか。ただ、障害のあることを知って、「かわいい」とさえ思えなくなってしまう人もいるんです。そんな悲しいことはなくさないといけません。
だから私たちは、きこえない、きこえにくい子どもたちだけではなく、その親御さんへのサポートも重要だと考えています。
――親子間でのすれ違いやコミュニケーション不全だけではなく、幼いうちからの手話の習得が、きこえにくい子どもたちの人格形成や心の健康にも影響すると聞きました。
河﨑さん(以下、敬称略):私の専門は臨床心理学で、そのなかでも主に母子間のコミュニケーションの研究に携わってきました。赤ちゃんは親と触れ合うことで自然と言葉を身につけていくもの。親はそれを見て「かわいいね」「すごいね」と笑顔になる。そんな親とのやりとりを重ねて、子どもたちは「ぼくでいいんだ、私でいいんだ」と自己肯定感を育みながら成長していくんです。
ですが、きこえない、きこえにくい子どもたちにとっては、それが当然難しい。だからこそ手話が必要で、手話によって、そのような養育環境を保障してあげるべきだと思うんです。
しかも、そういった子どもたちの発達を左右するのは0歳から3歳までの間だといわれています。その年齢の子どもたちは本当によく考え、気づき、理解しようとするんです。この期間の手話の獲得を逃してはいけない、という思いは、こめっこの活動の原点にもなっています。

きこえない、きこえにくい子どもたちにとって、0歳から3歳までの間での手話獲得の重要性を語る河﨑さん
きこえない、きこえにくい子どもにおける手話の重要性を証明し、社会を変える
――こめっこでは「手話言語を獲得・習得する子どもの力研究プロジェクト」も推し進めています。
河﨑:これは、乳幼児期からこめっこに通う子どもたちを対象に、「脳科学」「心理発達」「言語獲得(手話・日本語)」「学習能力(理解・思考)」の4分野から、手話を習得し成長する過程を追い、聴覚に障害のある子どもたちの真の言語力を適正に評価する研究プロジェクトです。
言語脳科学分野では、東京大学の酒井邦嘉(さかい・くによし)教授、言語獲得分野では金沢大学の武居渡(たけい・わたる)教授にご協力いただきながら、子どもたちの年齢をまたいで調査することで、人格形成や学習能力の発達に手話がどれくらい重要な言語であるかを証明できればと考えています。

「手話言語を獲得・習得する子どもの力研究プロジェクト」では、50名の子どもたちを対象に年齢をまたいで調査している。画像提供:NPOこめっこ
河﨑:言語脳科学の分野から見ると手話が言語であることは明らかで、英語や日本語を理解するときに活動する脳の領域が、手話においても同様に活動することが分かっています。
もう少し具体的に研究の内容をお話ししますと、手話でコミュニケーションが取れるようになった子どもが、どのように日本語を習得していくのかを明らかにしていきます。これまではどうしても日本語の獲得が先で、手話は後回しにされがちでした。
でも私たちは、きこえない、きこえにくい子どもたちにとっての母語、ないしは第一言語はやはり手話であると考えているので、その順番を守った上での教育を意識しています。まずは手話を身につけ、次に日本語を学んでいく。その過程が望ましいということを証明できればと考えています。
また、手話による理解力や思考力の発達にも着目しています。手話で物語を伝えるモノローグを作り、それを見た子どもたちに手話で質問し、手話で答えてもらう。法則や関係性を把握したり、時間的・空間的変化などを推論する力を調べるテストを作成し、手話で育つ子どもたちの思考力を明らかにしています。
その過程では人格形成の部分も見ることになります。0歳から手話に触れてきた子どもたちが成長していくにつれてどのように人格を形成していくのか、発達検査、知能検査、性格検査などを通してチェックしています。
それらの取り組みを通して結果を出すことができれば、きこえない、きこえにくい子どもたちにとって手話がいかに重要な言語であるかが示せると思いますし、そうすることで、社会も大きく変わるのではないか、と期待しています。
私たちの目標は、学習指導要領に、手話を言語として認めた教育を織り込んでもらうこと。そのためにも、このプロジェクトの研究結果をエビデンスとして将来的には国に提言したい、と考えています。

2025年2月に開催された「大阪府手話言語条例シンポジウム」における「手話言語を獲得・習得する子どもの力研究プロジェクト」の進捗報告(一部)
自分の子の耳がきこえないなんて、信じられなかった
取材当日、0歳から3歳の子どもたちその家族を対象とした「べびこめ(BABYこめっこ)」が開催されました。こめっこのきこえないスタッフたちが絵本を読んたり、表現遊びをしたり……。もちろん、全て手話で行われ、なかにはまねをする子どももいます。
親子で楽しむ活動が終わると、親御さんに対する手話プログラムもスタート。いくつかのグループに分かれて、育児のなかで使える手話を学びます。
子どもたちは自由に走り回り、きこえないスタッフと手話でコミュニケーションを取る。とても賑やかなそんな様子を見守る親御さんたちは、どこかホッとしたような笑顔を浮かべているのが印象的です。
でも、その笑顔にたどり着くまでに、いろんな葛藤や不安もあったそうです。何人かのお母さんたちにお話を伺いました。

きこえない子どもと一緒にこめっこに通うお母さんたち
――お子さんの耳がきこえない、と分ったとき、どんなお気持ちでしたか?
Aさん:最初は信じられなくて、「きこえない」のがどういうことなのかも分からなくて、頭が真っ白になりました。何も考えられない期間が数カ月くらい続きましたね。でも、「いや、きこえているはず」って思って、耳元で話かけてみたり、音を鳴らしてみたりもしたんです。受け入れられるようになるまでは、そういうことをずっと繰り返していました。
Bさん:うちの子は1歳8カ月の頃にきこえないことが判明したので、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。もしも0歳のときに分かっていれば、コミュニケーションにも工夫ができたのに……、と。
――こめっこに通うようになって、どんな変化がありましたか?
Aさん:子どもが手話を少しずつ覚えていくのを見て、「この子、手話なら分かるんだ!」と素直にびっくりしました。それからどんどん手話が伸びていって、ちゃんとコミュニケーションが取れるようになった時に、私自身にも「手話で生きていくことを応援しよう」という気持ちの変化があったんです。
Bさん:私は聴覚障害と他の障害がごっちゃになってしまって、「この子は将来、ひとりで生きていけるんだろうか」「大人になっても私が常にそばにいてあげないといけないのかもしれない」と思い込んでしまっていたんです。でも、こめっこのスタッフさんたちを見て、それが間違いだったんだと気付きました。たとえ耳がきこえなくても、自立して生きていけるんだと思えるようになりました。

「お母さんたちのことも笑顔にしたい」と願う河﨑教授
Aさん:身近な場所にロールモデルとなるきこえない人たちがいてくれるのは安心感につながります。それだけでなく、同じ境遇の子どもたちもいるし、お母さんたちもいる。仲間がいることで自然と気持ちが楽になります。
Bさん:友だちには相談できないようなことも、こめっこにいるお母さんたちには話せます。「どうしよう……」と不安になったら、こめっこの人たちに話してみようって。だから、以前と比べて、悩みを一人で抱えなくなりましたし、そもそもすごく悩むことも減りましたね。

手話を使って話す久保沢さんのことが、子どもたちは大好きな様子
目指すのは、きこえる人も、きこえない人も混ぜこぜの社会
親御さんたちの話からも分かるとおり、こめっこは、きこえない、きこえにくい子どもたちだけではなく、親御さんにとっても大切な居場所になっているようです。そんなこめっこを運営する三人は、どんな未来図を描いているのでしょうか。
――こめっこの今後の展望について教えてください。
久保沢:やはり、「手話言語を獲得・習得する子どもの力研究プロジェクト」の目的を達成することです。私は言語獲得の分野の研究を武居先生のもと進めているのですが、それを通して、「手話は大切な言語なんだ」ということをみんなに知ってもらいたいですね。
物井:私はろう学校の教員経験もありますし、心理士としての勉強もしてきました。その結果、0歳から3歳までの期間が本当に大切であることを実感しました。だから、きこえない、きこえにくい子どもたちとその親御さんのことをたくさん支援していきたいです。パパやママがハッピーだと、子どももハッピーになれる。そう信じて、みんなが幸せになれる支援をしていきます。
河崎:そのためにも、こめっこでできる体験を日本各地に広めていきたいです。きこえない、きこえにくい子どもたちと親御さんは全国にいて、手話と出合えず、不安や悩みを抱えている人がたくさんいます……。
そして最終的には、きこえない、きこえにくい子どもがいつ来ても受け入れられる保育園をつくりたいですね。そこで育った子どもたちには自然とインクルージョンな感覚が身につきますし、そういう子どもたちが成長していけば、インクルーシブな社会ができあがると信じているんです。

きこえない、きこえにくい子どもたちと、その親御さん、双方をこめっこは笑顔にしている
編集後記
手話やきこえない人、きこえにくい人が、ドラマや映画のなかで描かれる機会が増えました。でも、彼ら彼女らが一体どんな問題に直面するのか、正確に理解できている人はまだまだ少ないでしょう。そこで、きこえない、きこえにくい子どもたちを0歳から支援しているこめっこに取材を申し込みました。
そこで分かったのは、視覚言語である「手話」が非常に重要であるということ。親子間でのコミュニケーションだけではなく、子どもの学びや成長に大きく影響することです。
そのために私たちにできるのは、手話を言語として理解し、尊重することでしょう。きこえない、きこえにくい人たちに日本語を押し付けるのではなく、手話を広めていくことで、共生していく。そんな姿勢こそが、誰ひとり取り残さない社会の実現に必要なのかもしれません。
撮影:西木義和
※掲載情報は記事作成当時のものとなります。
関連リンク
ろう者の社会的地位を高め、手話の社会的認知を広める
アジア太平洋における手話言語学の普及及び手話辞書の作成 (香港中文大学)
ベトナムのろう者に対する中高等教育の提供(ドンナイ大学)
聴覚障害者のための奨学金事業
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