特別支援学級に入る児童・生徒は10年で倍増
井艸 恵美 : 東洋経済 記者 2022/04/01 5:00
20年前の文部科学省の調査を皮切りに、発達障害の早期発見や支援が促されるようになった(記者撮影)
日本で子どもの人口が減少する中、「発達障害」と呼ばれる子どもは増え続けている。2006年に発達障害の児童数は7000人余りだったが、2019年には7万人を超えた。それに伴い、子どもへの向精神薬の処方も増加している。
発達障害とされる児童数はなぜここまで増えているのか。そして、発達障害の早期発見、投薬は子どもたちを救っているのだろうか。特集「発達障害は学校から生まれる」の第6回は「学校で『発達障害』の子どもが急増する本当の理由」。
第5回 発達障害児「学級に2人」、衝撃結果が広げた大波紋
「あの子は空気が読めない」「アスペルガーだから」――。
そんな会話が聞かれるほど、今では身近となった発達障害。発達障害の存在を世の中に浸透させたのが、2002年に初めて行われた文部科学省の調査だ。発達障害の可能性のある子どもが6.3%いるという調査結果が、発達障害の認知度を上げるきっかけとなった。
しかし、教師が児童を点数評価する調査の実施には一部の教員や保護者の強い反発を招いた(詳細は連載第5回「発達障害児『学級に2人』、衝撃結果が広げた大波紋」)。なぜ調査は行われることになったのか。
溝にいる子どもへの支援が求められた
文科省調査の調査研究会メンバーの上野一彦氏(東京学芸大学名誉教授)は、「“障害”と“健常”と呼ばれる子どもの中間に、発達障害の子どもがいる。その溝にいる子どもへの支援を連続的に行うべきだという意見があった」と振り返る。
こうした発達障害の児童を支援の対象にするには、通常の学級にどれくらい発達障害の子どもがいるのか、実態を明らかにする必要があった。その背景には、研究者からの提言や親からの陳情もあった。
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上野氏は発達障害の1つである学習障害の第一人者で、アメリカへの留学経験から日本の学習障害児への支援が大幅に遅れていることを訴えていた。
学習障害は当時、「通級指導」(通常学級の児童に個別指導を行うこと)の対象になっていなかった。上野氏の働きかけにより、1990年に学習障害(LD)の子どもを持つ親の会「全国LD親の会」が設立され、学習障害への支援を求める親の会の請願運動が活発化した。
ついに2001年、文科省は動いた。「21世紀の特殊教育の在り方に関する調査研究協力者会議」の最終報告で、「通常の学級の特別な教育的支援を必要とする児童生徒に積極的に対応することが必要」とし、発達障害の全国的な調査を行うことを提言した。
こうして2002年、「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査」によって初めて発達障害の実態調査が行われ、その支援の必要性が示された。調査から2年後、2004年に発達障害の早期発見と支援を促す「発達障害者支援法」が成立。2006年には発達障害は通級指導の対象となった。「調査が政策の骨になった」と、上野氏は調査の意義を強調する。
しかし調査から20年経った現在、発達障害とされる子どもは急激に増加した。調査は教師が児童の言動を評価するものだったが、その調査結果がクラスでの在籍率や有病率を示すように、学校現場に広がっていったことが一因だ(詳細は連載第5回記事)。
教員の子どもを見る目が変わった
障害のある子どもの就学や学校での悩みについて相談を受ける「障害児を普通学校へ 全国連絡会」の片桐健司教諭は、2000年代初頭を振り返り、「この頃、発達障害の相談が増えた」と語る。
「発達障害が話題になって、教員の子どもを見る目が変わり始めた。『手がかかる』で済んでいた子どもが、何かあるとすぐ発達障害と思われるようになった。発達障害で教育相談や医者に行きなさいと言われたと、泣きながら相談に来る親がいた。医者に相談すると何かしらの診断名がついてしまう」(片桐教諭)
特別支援教育に詳しい一部の専門家は、発達障害を早期発見した場合でも、「通常の学級での指導や支援が工夫されないまま、安易に特別支援学級への転籍が検討されるケースがある」と指摘している。
学校基本調査によると、特別支援学級に在籍する児童生徒数は、2010年の14万人に対して、2020年は2倍の30万人に増えている。その中でも、一部の発達障害が含まれる「自閉症・情緒障害」の児童生徒数は、10年間で2.7倍にまで増えている(下図)。
障害のある児童が通常の学級で共に学ぶ「インクルーシブ(包摂)教育」は、世界的な潮流となっている。日本は2001年、障害の種類によって盲・ろう・養護学校や特殊学級に振り分けられていた「特殊教育」を「特別支援教育」に転換。従来の障害に加えて特別支援教育の対象になったのが、発達障害だった。
こうした状況について、障害児の教育史に詳しい東京大学大学院教育学研究科の小国喜弘教授は次のように指摘する。
「2014年に日本が批准した障害者権利条約は、障害のあるなしに関わらず、地域の学校で共に学ぶことをうたっている。こうしたインクルーシブ教育への転換が迫られているにもかかわらず、特別支援学級は事実上の分離教育となっている」
診断やレッテル貼りを促す意図はない
文科省は今年再び、発達障害の可能性のある児童の調査(通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査)を実施している。20年前とほぼ同様の調査項目に基づく教師への調査で、2012年に続き3回目だ。その結果は今年の冬に発表される。
文科省の特別支援教育課の担当者は、調査の目的について次のように話す。
「調査は教師に対して、困っている子どもの存在に気づいてもらうための調査だ。診断やレッテル貼りを促す意図はない。そのため、調査の名前に『発達障害』と入れるかどうかは議論する」
だが実際は、教育的支援より前に診断につながることがある。
通常の学級にいる発達障害が疑われる子どもに対して、まず勧められるのが通級指導だ。通級指導は、通常学級に在籍しながら一部の時間だけ別の教室に通って指導を受ける特別支援教育の一つ。この通級指導による支援でも難しい判断された場合は、特別支援学級への転籍が検討される。文科省の関係者は次のように明かす。
「本来、通級指導を受けるためには医療機関での診断は不要。ただ、児童を医療機関につなげているケースがあるのは事実だ。教育的判断で指導を受けさせるか、教師だけでは責任を負い切れていないことがある。通級指導の希望者が多ければ予算がパンクするため、医師の診断がつけば(指導が必要だという)説明が明確だ」
早期発見の強化がもたらした弊害
これまで報じてきたように、医療機関を受診した子どもの中には、周囲の環境を調整することよりも、本人の服薬を優先されることがある(連載第1回「学校から薬を勧められる『発達障害』の子どもたち」)。この点は、本来の調査の目的であった「通常の学級にいる」児童への「教育的支援」とはかけ離れている。
東洋経済オンラインの連載「精神医療を問う」を書籍化。発達障害の問題も広く取り上げている。『ルポ・収容所列島』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら。楽天サイトの紙版はこちら、電子版はこちら)
20年前の調査を皮切りに、これまで教育的な支援が乏しかった発達障害の子どもへの支援が始まった。
しかし、発達障害の早期発見が強化された結果、薬が優先されることで副作用や依存に苦しむ子ども(連載第2回「子どもに『向精神薬』を飲ませた親の深い後悔」)や、いじめや家庭の隠された問題を顧みられない子ども(連載第4回「いじめを受けた『発達障害』の彼女が語る薬の闇」)が存在していることも事実だ。
それらの子どもの存在は顧みられないまま、発達障害の発見を促す政策が推進されてきた。「支援」という善意によって、安易に診断や投薬、通常の学級の外へと排除される子どもを急いで救うことが今、必要ではないだろうか。
(学校で発達障害の子どもが増える背景には、教師への規制強化や学校ルールの厳格化があります。近日公開予定の第7回では、2000年初頭からの教育政策の課題に迫ります)
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