大学間で大きな格差!入試で問われる、障害のある受験生への「合理的配慮」義務とは?
2024.09.27
著者 田嶋裕:アロー教育総合研究所 所長
障害のある人が行政や民間のサービスを利用する際の「合理的配慮」が、2024年4月から民間事業者にも義務付けられた。大学も受験生や在校生に合理的配慮義務を負う。特に大学入試では、多様な障害のある受験生に対してどのような配慮が求められるのか。障害のある受験生の入試に関する大学の取り組みを、長年にわたって調査する一般社団法人 全国障害学生支援センター代表理事の殿岡翼氏に、その現状と課題について聞いた。(アロー教育総合研究所 所長 田嶋 裕)
障害のある受験生や在校生の受験・学習環境への「合理的配慮」で高い評価を得る広島大学 Photo:PIXTA
障害のある受験生への「合理的配慮」が義務化
2024年4月、「障害者差別解消法」が改正・施行された。同法は、身体障害、知的障害、精神障害(発達障害や高次脳機能障害を含む)などの障害のある人々が、行政機関や民間事業者のサービス利用において不当な差別を受けることを禁じるとともに、行政機関には利用における「合理的配慮」を義務付けるもの。今回の改正で合理的配慮義務の適用範囲が、民間事業者にも拡大された。
これによって、国公立大学に加え、私立大学にも学生の学習や研究・生活環境はもちろん、入試の際に、障害のある受験生が障害を理由に不利を被らないための環境を確保する義務が課せられた。多様な学生の受け入れ拡大という視点で見れば、合理的配慮の具現化は入試改革の重要課題の一つといえるだろう。
イメージとしては、視覚障害のある受験生のために入試問題を点訳したり、聴覚障害のある受験生の補聴器使用を認めたりするといった配慮がまず浮かぶだろうか。だが、実際はもっと複雑だ。一見しただけでは周囲が気づきにくい障害がある人も多く、症状が出る環境やきっかけ、重さも人によって大きく異なる。
例えば、背後に人がいると極度の不安を感じる、一定時間を超えると集中力を持続できないといった、精神面での障害を抱える受験生も多い。さらに、視覚や聴覚・肢体障害と精神障害の両方がある受験生もいる。一口に「合理的配慮」と言っても、決まった型に当てはまる共通の基準などは作り得ない。また、入学者選抜への考え方、保有する施設や人材などのリソースによっても、合理的配慮の内容は大学ごとに異なる。
なお、大学入学共通テストに関しては、大学入試センターが公表している「受験上の配慮案内」を参照していただきたい。障害とその程度によって、例えば「点字解答」「代筆解答」のほか、「試験を受ける座席の指定」「試験時間の延長」「試験室における介助者の配置」などの項目が挙げられている。だが、配慮申請の審査によって不許可となる項目もあること、共通テスト後に受験する志望大学の入試では、改めて大学ごとに申請が必要な点には留意しておきたい。
合理的配慮の現状を調査して大学別に公表
受験時や入学後の学内サポートにおいて、障害学生に合理的配慮を行う取り組みは、改正法の施行以前から多くの大学で実施されてきた。だが、その取り組みの内容は大学ごとに異なり、力の入れ方にもかなり温度差がある。
その現状に一石を投じるのが、全国障害学生支援センターだ。同センターは、全国の大学を対象に、受験時、および入学後の合理的配慮の内容を1994年から調査し、毎年、次の項目について大学別の調査結果を「大学案内 障害者版」(書籍版、Web版)で公表している。
(1)障害学生の受験・在籍状況:在籍の障害別状況、卒業後の進路など
(2)入学試験の状況:障害別の受験可否・配慮の有無、配慮方法など
(3)大学内の設備状況:学内設備、障害学生に利用可能な補助機器の有無など
(4)授業での配慮状況:一般講義・語学授業・実習など授業別の配慮の有無、定期試験での配慮の有無、障害別の配慮内容など
(5)学生生活での配慮状況:支援者、相談窓口、就職支援、障害学生支援のための費用負担、通学支援など
同センター代表理事で、文部科学省「障がいのある学生の修学支援に関する検討会」の委員も務める殿岡翼氏は、「調査結果を点数化してみると、総合点ではこれまで不動のトップといってよいのが広島大学」と述べる。各項目別で見ると、同大学のほか京都大学など難関国立大学の名前も上位に並ぶという。
だが、前述のように、大学によって合理的配慮の内容も取り組み方もまちまちであることから、調査活動は必ずしもスムーズに進んでいるわけではない。「2025年版」に反映されている23年の調査対象大学は820校。このうち回答を寄せたのは386校である。改正法の施行で、回答大学数や合理的配慮の内容がどう変わるか、同センターでは、その動向を見守りつつもいっそうの調査協力を呼びかけていく。
大学が求める「出願条件」の意図は何か
では、回答を寄せた大学では、障害のある受験生の受け入れをどのように進めているのだろうか。「大学案内2025 障害者版」の統計からまず読み取れるのは、「障害のある受験生の受験が可能な大学の大半が、出願時に条件を付けている」ことである。
上の表を見ると、386大学のうち、障害のある受験生の受験が「可」という回答を寄せた大学の数は、視覚障害で166、以下、聴覚障害175、肢体障害186、発達障害190、精神障害176、内部障害178、知的障害139であった。これらの大学の大半が、出願の際に条件を設けている。
ただし、条件の内容を見てみると、いずれの障害の種類においても上位3位は(1)事前相談、(2)診断書の提出、(3)障害者手帳コピーの提出であり、これらは受験時の合理的配慮を決定するために必要な項目である。その一方で、例えば、視覚障害のある受験生に「活字に対応できること」「試験(の形式)変更なし」といった厳しい条件を求める大学もある。
なお、「事前相談」と似た用語に、受験可否決定前に行う「事前協議」がある。前者は、対象者の受験を前提とし、受験時の合理的配慮の内容を決定するための話し合いをいうのに対して、後者は、受験の可否を判断するための話し合いを意味する。実際、事前協議の際に「入学後、屋外でフィールドワークを行う授業があって、障害のある学生の参加は難しい」という説明を受け、暗に受験辞退を促された受験生もいたと殿岡氏は述べる。
とはいえ、大学側にも「障害のある受験生の受け入れは難しい」というだけの事情はある。都内の私立A大学の入試担当者は、次のように胸の内を語った。
「本学は、毎年視覚障害のある高校生が受験するので、点字の入試問題を用意します。点訳の費用はかなりの高額。入試問題を学外に持ち出せないので、点字訳者に来校してもらい、試験当日も学内で待機してもらうなど、相当なコストがかかります。結果として、合格して入学してくれるとうれしいのですが、他大学に入学することもあって、複雑な気持ちになってしまいます」
受験者数が1万人規模の同大学でさえこうした事情を抱える中で、小規模大学の状況は推して知るべしだ。入学後、教員の協力を得られる仕組みが確立していない場合も多く、「多様な人々に門戸を開くという理想の実現には、国などから費用ほかの支援が必要」(同担当者)というのが本音だろう。
「提供を受けたい配慮」を受験生自身が発信せよ
現実問題として、合理的配慮を受ける学生一人一人の事情を考慮しながら全体のカリキュラムを運営していくことは、大学にとっても決して容易なことではない。
例えば、大学での合理的配慮の研究に力を入れている私立B大学では、学生課職員が、場所の認知が困難な学生のために授業に遅刻した場合の対処法を考えた。それは、電車に乗るとき、場所ではなく乗車時間で大学の最寄り駅を認識して下車するというものだったが、これだと電車が遅延した場合に別の駅で下車してしまう。そこで、この学生のために「遅刻ルール」を作成した――。
合理的配慮の具現化には、常にこうした試行錯誤が要求される。学生が目の前で抱えている困難に大学が一緒に向き合い、経験を重ねることでより具体化していく。法律で義務付けられたからといって、ある日突然、形になるものでもない。
一方で殿岡氏は、「最も重要なのは、どういった支援や配慮があれば大学生活をスムーズに送ることができるか、学生自身が大学側に積極的に伝えること」と述べる。そのためには、高校の進路指導の段階でも、障害のある生徒が大学進学に必要な支援や配慮の内容を、教員が共有しておく必要があるだろう。
「多少の困難があっても、大学に進学したいというモチベーションを高めてほしい。『大学案内 障害者版』がその一助になれば幸いです」(同氏)
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