主に留学生が通う鳥栖市の専門学校では、去年、聴覚障害のある日本人学生を初めて受け入れました。情報ビジネスなどを学ぶ、中川剛志(なかがわ・つよし)さんです。
『コミュニケーションの壁』を乗り越えようと、学校が運営にも携わる硬式野球チームの練習に参加するなどしながら日々挑戦を続けています。
(佐賀放送局アナウンサー 池野健)
【高校卒業後も野球を続ける 難聴の専門学校生】
投球練習する中川さん
中川剛志さん、ポジションはピッチャー。専門学校に通いながら、週末は社会人に交じって硬式野球の練習に励んでいます。
中川さんは、難聴で耳がほとんど聞こえません。補聴器をつけ周りの音を聞きとります。
(中川さん)「今のチームは、みんな口を大きく開けて話してくれます。みんな親切に教えてくれるので感謝しています。」
中学まで地元・福岡のろう学校で過ごし、高校は、甲子園出場経験がある熊本の専大玉名高校でプレーした中川さん。同じ境遇の人たちを勇気づけたいと、高校卒業後も野球を続ける決意をしました。
(中川さん)「自分は聴覚障害があるんですが、そこも関係なく『どこまでできるよ』とか、『視野が広がるからこそ野球が本当に楽しいよ』とか。そのことを、ろうのみんなに伝えたいです。」
【留学生のクラスメートとともに学ぶ】
高校卒業後に進学したのは、鳥栖市の専門学校。ここで、情報ビジネスなどを学んでいます。
中川さんも参加する、この授業。
先生が話すことばが・・・
そのまま文字に変換される
学校側は、中川さんのために、話しことばを文字に変換するタブレット端末を用意。
こうした支援により、外国人のクラスメートとも授業の内容を共有することができます。
(クラスメート)「コミュニケーションは、手話と日本語とタブレット端末を使って行っています。日本人と初めて一緒に勉強できて、うれしかったです。」
(クラス担任)「中川くんと留学生、お互いに理解し合おうというところに希望を持っています。中川くんは、留学生が日本語を勉強していることにいい影響を受け、逆に留学生は、中川くんを見てもっと自分も頑張ろうとしている。みんな明るく過ごしながら勉強しています。」
【野球を続ける中川さんをチームが後押し】
野球を続けられる環境を重視して進学先にこの専門学校を選んだ中川さん。
しかし、野球の練習中はチームメートやコーチの声が聞きとれず、求められるプレーができないこともあります。そこで、中川さんへの細かな配慮もなされるようになりました。
チームの指導者は、足を踏み出す位置に印をつけたり・・・
身ぶり手ぶりを交えたりするなど、指示を伝える工夫をしてきました。
さらにチームメートは、よりスムーズに意思疎通を図ろうと、独自のジェスチャーでコミュニケーションをとるようになりました。
(森山さん)「最初は不安もあったんですが、本人が明るい性格なので、そこは身ぶり手ぶりがあれば伝わるので助かっています。」
専門学校に進学したあと、中川さんには新たな目標も生まれています。
(中川さん)「卒業したあとは働きながら、耳が聞こえない人たちの挑戦をサポートしてあげたい。背中を押してあげたい、それが目標です。」
【明るい性格でチームメートとも打ち解けています】
ふだんの中川さんは、とても明るい性格。取材中、私たちやチームメートを笑わせてくれる一面もありました。
チームの先輩投手からは・・・
(池田さん)「お前のスライダーにはかなわない、きょうの投球はよかったよ。もっと遅いカーブは投げないの?」
(中川さん)「感覚忘れたので無理です(笑)」「試合ではどんな気持ちでマウンドに向かえばいいですか?」
(池田さん)「自分が一番うまいと思って投げろ。不安が自信に変わればストライクが入るから。」
専門学校に通いながらこのチームで野球を続けているのは、中川さん含めて二人だけ。練習がある日は、鳥栖市から江北町のグラウンドまで、約1時間かけて車で通っています。
そして、この学校の取り組みを後押しする法律が、まもなく施行されます。2024年4月からは、私立学校など民間の教育機関にも、障害者の要望に対応する支援など『合理的な配慮』が義務づけられます。
ご紹介した鳥栖市の専門学校では、2024年度から手話を学ぶ授業を取り入れる予定です。これに先んじて、中川さんは、外国人留学生にボランティアで手話の基礎を教えてきているそうです。中川さんの野球以外の活躍にも期待したいと思います。
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