「苦手」や「できない」は、その子に問題があるのではなく環境や道具とのミスマッチ。
佐藤義竹先生(筑波大学附属大塚特別支援学校)は、こう話します。
実は、このように考えるに至ったのには、佐藤先生ご自身の個人的な体験とも深く関係しています。
子どもの自信を育てる「できた」体験の積み重ねのために、佐藤先生は様々な工夫をし、道具を使うことで変わる子どもたちの姿を見てきました。
子どもが暴れたり、引っ掻いたりするのは、その子自身がつらいから
「子どもが暴れたり、引っ掻いたりするのは、その子自身つらいからなんだよ」。
養護学校(今の特別支援学校)の教諭をしていた叔父から、この話を聞いたのは私が高校2年生のときです。
「子どもたちが抱えているつらさ」は、当時の私には響くものがありました。
というのも、私自身、高校生活でのある経験があったからです。
学校での私の成績は下から数えた方が早く、偏差値で生徒を見ている先生たちの言動に違和感を抱くことがありました。
子どもの行動の原因はその子自身にあるのではなく、環境との相互作用
「自分が教師なら、こんな声かけは絶対にしない」
そんな思いを抱きながら日々過ごしていた高校時代、叔父の影響もあって私は特別支援教育の教諭を目指して大学、そして大学院へと進みました。
大学と大学院で学んだABA(Applied Behavior Analysis=応用行動分析)の理論は、私が感じていたこととみごとにリンクしていました。
「子どもの行動の原因はその子自身にあるのではなく、環境との相互作用」。
これがABAの考え方です。
冒頭の叔父の言葉。
そして、偏差値という数値で人を判断する環境に馴染めなかった高校時代。
こうしたことは、子ども自身の問題ではなく、環境との相互作用だったのです。
ABAを学んでからは、私は「苦手」や「できない」は環境が作り出すものだと考えるようになりました。
子どもの苦手は環境が作り出すもの。手立てがあれば、「できる」に変わります
今、私が子どもたちと接するなかでもっとも大切にしているのは「手立て」です。
環境も手立てのひとつです。声かけも、接し方も、もちろん道具も手立てです。手立てがあることで「できない」ができるに変わります。
順番に並べなかった子に「足形マーク」を
たとえば、順番に並べなかった子でも足形マークがあれば、そこに立つことがわかり並べるようになります。
割り込みよるトラブルだって防ぐことができます。
歯磨きができなかった子に、磨き方の手順を見える化
歯磨きがうまくできない子でも、磨き方の手順を見える化した道具があれば上手に磨けるようになります。
下の写真は私が自作した絵カードですが、生徒の家庭と連携しながら使い、磨けるようになりました。
また、声の大きさも見える化することで、自分で気づいて調整できるようになります。
「苦手」や「できない」は、環境や道具とのミスマッチであり、適切な手立てが講じられていなかったためにおきています。
「〇〇ができない」というのではなく、「〇〇があればできるようになる」という目で子どもを見てほしいと思います。
「診断名で子どもをラベリングしない」が私の教師としての信条
発達障害の情報は巷に溢れています。
障害による特性も広く知られるようになりました。
障害の基礎的な知識があることは、もちろん必要です。でも、診断名でラベリングして子どもをわかったような気にならないでほしいと思います。
実は、私自身、診断名でラベリングされた苦い経験があります。
教師としてスタートを切ったころのことです。
赴任先の学校の上司から「あなたは発達障害だと思うから、いますぐ病院にいってほしい」というようなことを言われて唖然としました。
上司は私の言動に発達障害を想起させる特性があるというのです。
当時の私はその上司から「特性」を細かく書き連ねた手紙を多い時には毎週のように受け取っていました。
その挙句の発言です。
もちろん病院ヘは行きませんでした。
私が上司から学んだのは、ラベリングしてしまうことの怖さです。
上司はが文字通りの私の反面教師になったのです。
その後、人事異動となり新たな環境で、気持ち新たにスタートする機会をもらえました。
異動先で私は教員同士が連携することの素晴らしさを経験し、のびのびと仕事に取り組むことができるようになりました。
これもまた環境によって人が変わることの例といえるでしょう。
同じ方向を向いて子どもの支援方法を一緒に考えることのできる同僚がいることが、私にとってはとても大きな力になりました。
人も環境のひとつであることを身をもって体感したのでした。
ラベリングがいかに人を見る目を曇らせてしまうのか。身をもって知った私はラベリングせず、目の前の子どもの姿をよく見ることを自分に課しました。
「できた」体験を積み重ねていくことで、子どもの自信は育ちます
仮に診断名が同じであっても、子どもはひとりひとり違います。子どもの姿を見て、「〇〇すればできる」という手立てを講じることこそが重要なのです。
「できた」体験を積み重ねていくことで、子どもの自信は育ちます。
少しずつステップアップしていこうという前向きな気持ちにもなれます。
家庭でも「〇〇すればできる」という手立てを大切にしていただきたいと思います。
親はどうしてもわが子の「苦手」や「できない」に目が向きがちです。
手立てを知ることで、親自身も子育てがラクになります。
家庭でも「〇〇すればできる」という手立てを大切にしていただきたいと思います。
親はどうしてもわが子の「苦手」や「できない」に目が向きがちです。
手立てを知ることで、親自身も子育てがラクになります。
手立ての工夫の情報共有は大切です。家庭での工夫はぜひ、担任の先生にも伝えてください
家庭で講じている手立ては、ぜひ担任の先生に伝えてください。
たとえば、作業が終わる数分前に予告することで、気持ちの切り替えがしやすくなることや、パニックの予兆と対策、また、使いやすい文房具があることなど。
家庭と教室では環境が違いますから、まったく同じ手立てにはならないかもしれません。
でも、手立ての情報を共有することで教師の側も子どもへの良いかかわりができるようになります。
家庭も学校もめざしているのは、子どもが自信をもって、前向きな気持ちで生きていけるようになることです。手立てはそのためのものなのです。
こちらの記事では先生の「発達障害の子への向き合い方」を伺っています。
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佐藤義竹先生|筑波大学附属大塚特別支援学校 研究主任/教務主任
筑波大学附属大塚特別支援学校中学部担任を経て支援部。東京都文京区教育委員会・特別支援教育外部専門委員(教育指導課、教育センター)。社会性や自尊感情を育む教育プログラムを実践。自己選択・自己決定、意思表明の力を育む教材として「すきなのどっち?」「きもち・つたえる・ボード」「トライゲーム やってみたいのはどっち?」(tobiraco)を開発。著書に『1日1歩 スモールステップ時計ワークシート』『今すぐ使える! 特別支援アイデア教材50』(合同出版)。近著に『自信を育てる 発達障害の子のためのできる道具』(小学館)がある。
取材・構成/平野佳代子(tobiraco)
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