人気のピアノデュオ「レ・フレール」の斎藤守也さん(50歳)。「レ・フレール」の活動のほかにも、医療機関や社会福祉施設などでの訪問演奏や、バリアフリー・ピアノコンサートを開催しています。斎藤さんに、病気や障害のある子どもたちに音楽を届ける思いについて聞きました。全2回のインタビューの2回目です。
訪問演奏はまるでライブハウスのような盛り上がりに
――斎藤さんは神奈川県立こども医療センター(以下、神奈川こども)での演奏会をしたり、福祉施設や養護学校などへの訪問演奏を行っています。
斎藤さん(以下敬称略) 僕の息子が生まれてすぐに神奈川こどものNICUに入院していたので、卒業生という縁で、2016年から毎年NICUで演奏会を行っています。病院のロビーや他の病棟でも行うこともあります。コロナ下で演奏会を開催できなくなった時期がありましたが、最近また再開しました。
特別支援学校や社会福祉施設などでのコンサートは今ではライフワークになっています。訪問先のみなさんが好きな曲やポピュラーな曲を演奏したり、リクエストを聴いて演奏することもあります。支援学校では、毎朝クラスでの始まりのあいさつなどのときに一緒に歌う曲があることが多いので、事前にリサーチして弾くことも多いです。
――訪問演奏の際に工夫していることはありますか?
斎藤 幼稚園児くらいの小さい子や、聴覚過敏でイヤーマフをしている子などは急に大きい音を出すとびっくりしてしまうので、イントロダクションは静かな曲を演奏し、耳を慣らしてもらうように気をつけています。
支援学校などでは、見知らぬ人が来ることに緊張してしまう子もいるので、子どもたちが部屋に来る前に僕が先にピアノの横にいるようにしています。子どもたちが部屋に入ってきたら、「今日は僕がピアノを弾くよ」と声をかけ、顔を覚えてもらって、それから演奏を始める感じです。
音楽家としての自信が確信に変わった
――演奏会の反響はどうですか?
斎藤 まるでライブハウスのように盛り上がって、車いすごと踊り出す子もいます。飛び跳ねて興奮して、先生や施設のスタッフが落ち着かせないといけないくらいテンションが上がってしまうことも。笑顔以上に体全体でダイレクトに楽しさを表現してくれます。
ピアノを弾く僕の目の前で、音に合わせてダンスをしてくれた子もいました。ピアノとダンスのセッションのようになり、演奏が終わって2人で一緒に客席に向かってお辞儀をし、2人で握手をして終わる・・・ということも(笑)
子どもたちはお手紙で「楽しかった!」「またきてね」という感想をくれます。先生やスタッフの方たちからは、「子どもたちは1週間たったあとも、コンサートの話をしている。本当にまたきてください」などの感想をいただきます。演奏会が終わって帰るときに「また来るよ」と言うんですけど、そうするとだんだん訪問する場所が増えてうれしい悲鳴です(笑)
――そういった演奏活動を通して、斎藤さん自身の音楽への向き合い方に変化はありましたか?
斎藤 病院や施設の子どもたちが僕の演奏に反応してくれる経験をたくさん積み重ねてきて、音楽家としてすごく自信をもらえたと思います。
もちろん、この活動を始める前も、お客さんが喜んでくれることが音楽家としての自信になっていました。でも、子どもたちは、僕がプロであるとか、有名である、上手下手などという概念はなくて、ただ目の前の音楽が楽しいかどうかだけで聴いてくれます。彼らが僕のピアノを聴いて、体全体で感情を表現してくれたり、盛り上がって聴いてくれるということは、自分が届けている音が間違っていないんだな、と確信に変えてくれたと思います。
音楽が心と体にもたらす影響は確かにある
――音楽が、障害の有無にかかわらず子どもたちにもたらすものは、どんなものでしょうか?
斎藤 この活動を通して、音楽って不思議なものだなぁと実感する出来事がありました。訪問演奏では、楽しいだけではなく厳しい場面に遭遇することもあります。小児病棟に入院している小児がんの子どもたちは、抗がん剤で体力が落ちてしまっていることがあって、僕が演奏をしても手をたたくなどの反応をするほどの体力がない子もいるんです。
ある車いすの女の子が演奏会終了後に「どうしても連弾がしたいです」とリクエストしてくれて、2人でピアノを弾いたことがありました。後日スタッフの方から「彼女は体どころか手すら動かせる状態ではなかった。演奏によって力をもらったんだと思います」とお聞きしました。
また、重症心身障害児施設に訪問演奏に行ったとき、僕のピアノの横で聴いてくれている女の子がいました。僕が演奏を始めたら、彼女のまぶたと唇がピクピクと動き始めて、顔がだんだん赤くなってきたんです。心配になってスタッフの方に「やめましょうか?」と聞くと「大丈夫です」と。あとから聞いたら、その子は自分の意思で動かせるのがまぶたと唇だけだったそうなんです。彼女にとっては、全身を動かすように反応してくれていたんですね。
その子は、血圧や心拍数がなかなか安定しない病状らしいんですが、音楽を聴いている間はずっと安定していた、と看護師さんから聞きました。
神奈川こどものNICUで演奏したときには、「演奏の間、いつもは鳴る赤ちゃんたちのアラームが鳴らなかった」と新生児科長の豊島先生に言われたこともあります。「だから守也さんのピアノは絶対健康にいいって、自慢していいよ!」と看護師さんなどに言われたことは、すごくうれしくて印象に残っています。
――音楽は子どもたちに確実に届いて、子どもたちの体に変化が現れることがあるんですね。
斎藤 理由はわからないし科学的根拠もないかもしれないけれど、そういう影響があるのは音楽の不思議な部分だと思います。だからといって、僕は「影響を与えよう」と意識して弾くわけでありません。彼らに音楽家としての自信をもらったぶん、僕は僕のピアノを今までどおりに続けたいと思っています。
目の前のお客さんに喜んでもらえる演奏を続けたい
――斎藤さんは2018年からバリアフリーコンサートを開催しています。その思いについて教えてください。
斎藤 僕が施設を訪問して演奏を届けるのもいいんですが、僕が開催するコンサートに来てもらう機会を作りたいと考えました。
家や施設から外に出て、コンサート会場に足を運んでもらう。みんなと同じようにチケットを買ったり、当日ちょっとおしゃれをしてみたり、わくわくしたり緊張したりしながら、一人ひとりに用意された席で音楽を楽しむ、そうやって子どもたちが社会に参加することに意味があると思ったんです。
だから、障害のある人を助ける意味合いのコンサートではなく、あくまでも普通のコンサートに障害や病気がある人も参加する、というコンセプトで行っています。チケットも有料だし、障害者割引もありません。
バリアフリーコンサートでは、いろんな人が楽しめるように、ステージ前方に車いすやマットで鑑賞できるフロア席を設け、手話通訳や歌詞のスクリーン投影、補助犬の入場OKなどのしくみを用意しています。チケット購入の際に、サポートが必要な場合は教えてもらいます。ストレッチャーで入場してもいいか、医療機器の音が鳴るけれど大丈夫か、と問い合わせをもらうことがありますが、対応できるように調整します。
――音楽の演奏会に手話通訳もあるのですね。
斎藤 手話通訳士がいるコンサートやライブは近年増えています。聴覚障害のある人の聴力には段階があって、補聴器をつければ聞こえる人、特定の楽器の音なら聞こえる人もいます。まったく聞こえない人も、音楽コンサートの雰囲気を楽しみたい、アーティストの表情やステージの演出を見たい、という人もいます。僕の知り合いのろう者の方は、コーラスの特定の人の声だけ聞こえるから、その人の声を聞きにコンサートに行くんだそうです。
僕の息子には障害がありますが、息子のおかげで、ほかの障害のある人やその家族に出会うことができ、知らなかった世界を知ることができました。聴覚障害のある人にも音によって聞こえる音と聞こえない音があるということも初めて知りました。いろんな人と知り合うことで得た知識を、バリアフリーコンサートにいかせていると思います。
――これからどんな音楽を届けたいと考えていますか?
斎藤 僕が音楽を届ける上でいちばん大事に思っていることは、目の前のお客さんの反応です。音楽って、評価がつきものです。プロの場合は言葉での評価、学生なら成績や点数などの数字で評価されるんですが、音楽家はときにその評価によって自信を失ってしまったり、何のために演奏しているのかがわからなくなってしまったりする。でも、音楽は数字で評価できるようなものではないし、言葉による評価が本音であるかどうかもわかりません。
だけど、目の前のお客さんの反応には絶対にうそがありません。子どもたちが笑顔になってくれるとか、体を揺らしてくれるとか、不機嫌そうな人の目が一瞬だけちらっと輝くとか・・・。そういう、うそのない反応を僕は大事にしていて、そういった反応をしてもらえるような演奏をすることを心がけてます。今後もその思いを大事にしながら演奏を続けたいと思っています。
お話・写真提供/斎藤守也さん 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部
「一般のお客さん向けのコンサートでも、施設への訪問演奏でも、僕自身の音楽への向き合い方は変わりません」と斎藤さん。「障害の有無にかかわらず、目の前で聞いてくれている人たちに喜びを届ける音楽を続けたい」と話してくれました。
●記事の内容は2023年12月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。
斎藤守也さん(さいとうもりや)
PROFILE
1973年生まれ。ピアニスト、作曲家。ルクセンブルク国立音楽学校ピアノ科をプルミエ・プリ(最優秀)で修了。2002年に弟・斎藤圭土と1台4手連弾ユニット「レ・フレール」を結成、デビュー後、世界各国でツアーを開催。2017年初ソロ・ピアノ・アルバム『MONOLOGUE』(Universal Music)を発表以降、ソロ活動も開始。舞台音楽をはじめ、メディアでの楽曲使用も多数。医療機関や社会福祉施設などでのコンサートをライフワークとし、2018年から自身がプロデューサーをつとめるバリアフリー・ピアノコンサート「小さき花の音楽会」を開催している。
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