2025/4/3 08:00
80代前半の女性が、娘さんに連れられてクリニックを訪れました。この女性は1人で暮らしていましたが、「認知症が進んでしまった母に1人暮らしをさせるのは難しい」と考えるようになった娘さんと同居することになったそうです。
女性はそれまで他の医院で糖尿病や心疾患の治療を受けていましたが、同居を始めた娘さんの家の近くにある私のクリニックでの治療の継続を望んでいました。
通院を始めた当初、女性は私の質問に対し、うなずくだけでした。診察室にいる間も自ら行動したり、発言したりすることはなく、ぼーっとしていました。
娘さんの考えるように、その原因は「認知機能の衰え」によるものだと私も当初は考えていました。しかし、何度も診察しているうちに時々、的確な受け答えをすると気付いたのです。
どうやら私の声が聞こえたときは返事をしてくれるのですが、聞こえなかったときは、わざわざ聞き返さず、あいまいにうなずいているようでした。そこで補聴器を作るために、専門外来の受診を提案してみました。
その後、補聴器を装着して診察を受けにきた女性は、驚くほどよくしゃべるようになっていました。表情も明るくなり、私の問いかけにも的確に返答してくれました。
認知機能検査を行ってみたら、正常値に少し点数が足りないという程度。「認知症」を患っているとはいえない結果が出ました。
装着前は自室にこもりがちだったそうですが、装着後は、自宅から施設に通う「通所介護(デイサービス)」も利用するようになっていました。友人と旅行したという話も聞かせてくれました。
この女性のように認知機能の低下がわずかであっても、認知症を疑われてしまうケースは少なくありません。
難聴のほかに、例えば甲状腺ホルモンが不足する「甲状腺機能低下症」や睡眠薬の継続使用がこれに該当します。脳の機能に影響を及ぼす「水頭症」などでも認知症のような症状が出ることがありますが、いずれも適切な治療によって改善を図れる場合があります。
難聴と認知症とは無関係ではありませんが、この女性のように補聴器の装着によって劇的に改善するケースもあります。すぐに認知症と決めつけないで、あらゆる選択肢を視野に入れるようにしましょう。
(しもじま内科クリニック院長 下島和弥)
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