耳の機能は正常で音声は聞こえているのに、それを言葉として認識する脳の機能に問題があり、聞き取りに苦労する「聞き取り困難症」という病気があります。小児でもある病気です。この病気の研究・支援を進めている大阪公立大学医学部附属病院耳鼻いんこう科の阪本浩一先生たちの研究グループは、日本初の大規模調査を行いました。
「聞き取り困難症」とはどのような病気で、どのような調査を行ったのでしょうか。
「音」としては聞こえているのに、「言葉」としては聞き取りづらい
――「聞き取り困難症」について教えてください。
阪本先生(以下敬称略) 聴力検査では異常がない、つまり「聞こえている」のに、相手の言葉が聞き取れない、聞き間違いが多いなど、音声を言葉として聞き取ることに苦労する病気です。
聴力検査では問題ないと診断されるのが大きな特徴で、大人の場合だと主に以下のような症状が見られます。
・「佐藤」が「加藤」に聞こえるなど、 正しく聞き取れない
・雑音の中だと話が聞き取れない
・複数の人との会話や音は同時に聞き取れない
・話が長くなると途中から何を言っているのかわからなくなる
子どもの場合もこのような状態ですが、子ども自身からその訴えがないので、気づかれにくいでしょう。
――なぜ音声を言葉として聞き取りづらいのでしょうか。
阪本 外耳、中耳、内耳、末梢の聴神経といった、音を集めて感知する器官は正常にはたらいているので、音は聞こえています。しかし、耳から入った音の情報を処理する脳に何らかの問題があるため、音を「言葉」に変換して理解することが難しくなるのです。
これまでは「聴覚情報処理障害(APD)」と呼ばれていたのですが、原因が聴覚の情報処理の問題だけではないことがわかったため、海外では「LiD( Listening difficulties=聞き取り困難症)」と呼ばれることが多くなっているんです。この病気の研究・支援を行っている私たちは、国内では「聞き取り困難症」という名称を広めたいと願い、最近は「LiD/APD」と表記しています。
――先天性の病気ということでしょうか。
阪本 そうです。生まれたときから聞こえ方に違和感があるはずなのですが、乳児期はそのことを自覚できないですし、幼児期も「みんながこう聞こえているんだろう」と思ってしまいます。しかも聴力検査では異常が見られないので、まわりの大人も気づきにくいんです。
とくに幼児期は聞き間違えや、ちぐはぐな会話自体が、通常の子どもにも見られることなので、見つけることは困難です。また、学童期に入っても、「まだ子どもだから」「この子は天然ボケだから」「抜けているから」などととらえられ、見逃されがちです。
――LiD/APDの研究はいつごろから行われていますか。
阪本 欧米では1950年ごろLiD/APDという病気があることがわかり、研究が始まりました。それに伴い、診断・支援に関して各国でガイドラインが作成されるようになりました。
一方日本では、言葉の遅れを指摘されたり、発達障害と診断されたりする子どもの中に、この病気の子が少なからずいるのではないか・・・と私が気づき、研究を始めたのはおよそ15年前。当時、国内では耳鼻咽喉科医の中でも、LiD/APDの認知度は非常に低いものでした。「そんな病気はない」と否定する医師もいたくらいです。
病気が発見されたのがおよそ70年前で、比較的新しい病気のため、世界的に見ても、明確な治療法はまだ確立されていません。
欧米に比べて日本での認知度は低いのですが、日本でも研究が進みつつあります。また、2018年にNHKの番組で取り上げられたことをきっかけにして、SNSで体験談などを発信する人が増え、一般の人にも少しずつ知られるようになってきました。私の元を訪れる患者さんも年々増えています。
日本初の大規模調査では、0.8%の子どもがLiD/APDと診断される可能性あり
――阪本先生たち研究グループは、日本で初めて小中高生とその保護者を対象にした、聞き取り困難症の大規模調査を行い、その研究成果は2023年11月に、国際学術誌「International Journal of Pediatric Otorhinolaryngology」にオンライン掲載されました。
阪本 2021~2022年に、大阪の小中高9校に通う4350人の子どもとその保護者を対象にアンケートを実施しました。
「『佐藤』を『加藤』などと聞き間違いが多い」「『なに?』と聞き返しが多い」など、LiD/APDに関する質問のほか、「学習などで集中を続けるのが難しい」といった発達に関連する質問を行い、743人から回答を得ました。
その結果、LiD/APDの症状を自覚する頻度が「若干高い」は12.4%、「中程度」は2.8%、「かなり高い」は0.8%でした。学年が上がるにつれて困難を感じる割合が高くなっていて、症状の頻度が最も高い0.8%の子どもは、詳しい検査を行ったらLiD/APDと診断される可能性がありそうです。
その一方、保護者は症状を「たいしたことではない」と過少報告する傾向にあり、周囲が気づきにくいことも明らかになりました。
さらに、保護者の10%が子どもに発達上に問題があると回答し、LiD/APDの症状が重いほど発達問題のスコアも高い傾向が見られました。
――阪本先生たちがこの調査研究を行った目的はどのようなことでしょうか。
阪本 診療の現場でLiD/APDで困難を感じている子どもたちと、その保護者の間で、認識の違いがあることを感じていました。それを明らかにしたいと考えたのが一番の目的です。
しかしそれだけではありません。海外ではLiD/APDの患者さんの具体的な数を把握するとともに、支援体制を進めている国もあります。日本でもそのような取り組みを行う必要があります。
近年、LiD/APDが子どもの言語発達の遅れの原因の一つになっていることや、LiD/APDの子どもの中には、発達面の問題も抱える例が多く存在することが指摘されるようになりました。
LiD/APDは症状の出方が人それぞれ異なるため、環境の調整、補聴手段の利用、心理的な支援などを組み合わせて、困難を改善していく必要があるんです。その第一歩となるのが、今回の調査研究だと考えています。
幼児期はあまり神経質にならず、子どもの聞き取る力を促すようなかかわりを
――LiD/APDは、幼児期には周囲が気づきにくいとのことですが、保護者が気をつけたいことはありますか。
阪本 言葉の発達は個人差が大きいので、周囲の子と比べて遅いからといって心配する必要はありません。しかし、その子なりのペースで言葉が発達しているかはよく見るようにしてださい。そして、「何を言っているのかはっきりわからない」「聞き取れていないのかもしれない」と感じたときは、以下のようなことを意識してみてください。
●テレビやビデオの付けっ放しはやめて、雑音のない静かな環境で話しかけるようにする
●話しかける前に名前を呼んで注意を向けさせ、集中して聞く習慣をつけるようにする
●身ぶり手ぶりを加えてゆっくり、はっきり繰り返しわかりやすく伝える
●リトミックや手遊び歌などを一緒に楽しむ
幼児期は言語能力がぐんぐん伸びていく時期なので、このようなかかわり方を意識しているうちに、子どもの聞き取る能力が高まっていくかもしれません。
幼児期にはあまり神経質になりすぎず、でも、LiD/APDという病気があることを知っておくことが大切だと思います。
――阪本先生たち研究グループは、LiD/APDの診断と支援の手引きを作成中なのだとか。
阪本 かなりまとまってきていますので、2024年3月ごろまでには発表できるのではないかと思います。この診断と支援の手引きが国内に広まることで、LiD/APDの人が困難さを抱えたままがまんして過ごさなくても済むように、1人でも多くの人の支援につながることを願っています。
お話・監修/阪本浩一先生 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
LiD/APDは幼児期に診断するのは難しいそうですが、いつまでも正しい発音ができない、言葉でのやりとりがスムーズにできないなどの気がかりがある場合は、LiD/APDの可能性も考えてみる必要があるかもしれません。
●記事の内容は2024年1月の情報であり、現在と異なる場合があります。
阪本浩一先生(さかもとひろかず)
PROFILE
耳鼻咽喉科医。大阪公立大学大学院耳鼻咽喉病態学准教授。1989年愛知医科大学医学部卒業。大阪市立大学耳鼻咽喉科、神戸大学医学部耳鼻咽喉科を経て2002年より兵庫県立加古川病院耳鼻咽喉科医長、兵庫県立こども病院耳鼻咽喉科医長(兼務)、2009年兵庫県立加古川医療センター耳鼻咽喉科部長/兵庫県立こども病院耳鼻咽喉科部長(兼務)。2016年より現職。
リンク先はたまひよというサイトの記事になります。