IQテストの落とし穴…「知的障害」の見過ごせない「大きな誤解」をご存知ですか?

IQテストの落とし穴…「知的障害」の見過ごせない「大きな誤解」をご存知ですか?

プラトン『国家』にも記述が
知的障害について著者が知る限り最も古い記載は古代ギリシャの哲学者プラトン(BC427~347)が著書『国家』の中で「知能の点では構成員(都市国家の)の資格はないが体力の点で構成員に加えられる」と記述しています。さらに人はそれぞれの資質が異なっており、それぞれの資質に合わせた仕事に携わることがのぞましいとしています(一部訳を改変)。2000年以上前にすでに現代にも通用するようなことが述べられていました。

知的障害は文字通り知的能力がうまく発揮できないわけですが、認知症とどこが違うのかと聞かれたこともあります。知的障害は発達期(おおむね18歳まで)に明らかになる知的能力の障害ですが、認知症は成人になるまでに完成した知的機能がその後の加齢や疾患によってうまく発揮できなくなることです。最近著者は『知的障害を抱えた子どもたち』を上梓しました。子どもの時期に知的障害と診断された場合にそれが治ることは基本的にありませんので、知的障害の状態は成人になっても続きます。しかしそれは生活の幅が広がらないということではありませんので、できることを見つけていこうという思いを込めてこの原稿を書いています。

書籍『知的障害を抱えた子どもたち』の画像

そもそも「知的障害」とは何か
もし知的障害が知能の障害であるとすれば知能とは何かという疑問にたどり着きます。知能についてはスイスの心理学者ピアジェが『知能の誕生』を書いています。3人の子どもたちの自発的な動き、外界からの刺激に対する反応、そして反応を引き起こすための学習などの過程が、言語によらない非言語的コミュニケーションから模倣などに始まる言語的コミュニケーションの発展とともに描かれています。その流れの中で対人のかかわりを習得し、学習し、そして思春期、青春期と年齢を重ねて成人に至るわけです。

運動機能や視聴覚機能に異常がなくても、こうした一連の習得過程がうまくできない子どもたちもいます。そうした中に知的障害を抱える子どもたちがいるのです。文部科学省による定義では「知的障害とは同年齢の子どもと比べて、『認知や言語などにかかわる知的機能』の発達に遅れが認められ、『他人との意思の交換、日常生活や社会生活、安全、仕事、余暇利用などについての適応能力』も不十分であり、特別な支援や配慮が必要な状態」とされています。著者はもっと簡単に「発達過程に明らかになる知的能力の低さによる社会生活上の困難を抱える」こととお話ししています。

なお現在は知的障害についての対応を謳っている法律は知的障害者福祉法ですが、1999年に改正されるまで、今では差別語とされて使われることのない精神薄弱という表記でした。

乳幼児期の知的障害の兆候
それではどうしたきっかけからこうした知的障害が見つかるのでしょうか。わが国では母子保健法によって生後1歳6ヵ月~2歳未満(1歳6か月児健診)と3歳~4歳未満(3歳児健診)に市区町村によって健診を行うことが定められています。知的障害を疑われる最も大きな症状は「自発言語の遅れ」です。たとえば1歳6か月児健診では単語が話せるかどうかをチェックし、3歳児健診では自分の名前や年齢が言えるかなどをチェックすることが多いです。

そこで答えられない場合には知的障害、自閉症スペクトラム障害、難聴などが疑われます。くわしくは著者の『乳幼児健診ハンドブック』をご覧ください。あとでもお話ししますが、知的障害と自閉症スペクトラムはしばしば合併します。また新生児期に聴力検査を受けていても言語発達の遅れがある場合には聴力の確認は必要です。

幼児期以降は指示が理解できない、会話が成立しないなどの症状、学童期以降は学習がうまくできない、読解力が乏しい(文章の内容が理解できない)、語彙が少ないなどの症状から疑われることもあります。

知的障害を疑われたときには、どうやって診断につながるのでしょうか。わが国では発達検査や知能検査によって診断されることが少なくありませんが、知的障害は生活能力の遅れを伴うことが多いので、発達指数(Developmental Quotient: DQ)や知能指数(Intelligent Quotient: IQ)だけではなく、生活能力を評価する必要があります。たとえば国際的によく使われるアメリカ精神医学協会による「DSM-5-TR精神疾患の診断・統計マニュアル」でも、診断にあたっては知能検査での確認が必要ではありますが、概念の習得、社会性の獲得、生活能力の獲得の評価が基本であり、それによって重症度を軽度、中等度、重度、最重度に分けています。

しかしわが国では発達検査や知能検査の数値が重視され、生活状況は「配慮する」と言いつつ軽視される傾向があります。生活適応能力はたとえばVineland-II 適応行動尺度を使って評価をすることが可能ですし、そうした方法を勧めてはいるのですが、なかなか知能検査の数字信仰は根強いものがあります。たとえば同じIQ65で軽度の知的障害と判定された場合でも、トイレや着替えなどの生活習慣が確立している場合もいない場合もありますし、意思伝達能力も同じです。数値だけで全体像を見ることはできません

IQが意味すること
知能を数値化する試みは1905年にフランスのビネーらによって始まり、その後スピアマンによる一般性知能の概念の導入、ウェクスラーによる知能検査の開発などを経ています。ブラウンによる「流動性および結晶性知能のこれまで」にはこれらがまとめられていますし、わが国で行われることの多い知能検査については、熊上崇らによる「子どもの心理検査・知能検査」によくまとめられています。

知能指数は図のように正規分布(平均値・中央値・最頻値が一致し左右対称の分布となる)すると考えられています。平均値が100,標準偏差が15とされていますから、2標準偏差以下、すなわち70未満が明らかに低い、130以上が明らかに高いと判定されます(それぞれ全体の約2.1%になります)。ですから知能検査だけで知的障害を判定するのであれば、それが知的障害の割合ということになるのですが、実際にはすべての人に検査を行うわけではないことなどから、わが国にどのくらい知的障害を抱えた子どもがいるのかは、後述の療育手帳(知的障害のための障害者手帳)の発行数になります。知的障害を抱えていても療育手帳を取得していない子どももいますから、実際の数は正確には把握できません。

それでは知能検査をして得られた数値は絶対なのでしょうか。わが国で最もよく行われる知能検査はWISC(Wechsler intelligent scale for children 第5版が出ていますが実際には第4版が多く使われています)、田中・ビネーV検査(現在は第5版が使われています)でしょう。WISCIVでは4つの指標によってIQ(WISCの場合にはFSIQ:全検査IQと呼ばれることが多い)を算出します。しかしこのFSIQの数字は絶対値ではなく、たとえば65であれば90%信頼区間が61~68のように表示されます。これはこの検査を100回したときに90%の確率で61~68の間に入ることを意味します。もちろん検査者の熟達度や検査時の子どもの状態によっても数値は変化し得ます。

IQが上がることはあるのか
こう考えてみれば示されたFSIQが絶対的なものとは言えないことがわかりますが、それでもわが国では知的障害の判定はもとより、軽度、中等度、重度、最重度の判定もIQの結果のみに基づいて行われることが多いです。これは以前のアメリカ精神学会のDSM-IVでIQレベルによって、軽度(50~55から70くらい)、中等度(35~40から50~55)、重度(20~25から35~40)、最重度(20~25以下)と数値が示されていたことの影響が大きいです。現行のDSM-5-TR精神疾患の診断・統計マニュアルでは、重症度の分類にあたって先述のように数字ではなく、概念、社会性、生活能力を重視しています。

しかしわが国では51~70を軽度、36~50を中等度、21~35を重度、20以下を最重度とする「数値重視」の区分が福祉だけではなく教育分野でもなされることが多くなっています。

一旦判定されたIQは変わらないものでしょうか。少し古いですが、狩野広之らの研究では、小学校2年生から中学校2年生の間での変化は少なかったとしています。確かに日常臨床の中ではIQの数値が動く経験は多くありませんが、就学相談や児童相談所での知能検査ではIQの数値を知ることを目的にしているために検査のときの子どもの状況によって実際よりも低い数値が出たりすることもあります。

発達性読み書き障害(ディスレクシア)を抱えていると会話には問題がなくても読み書きの困難さからテストの点数が低く、知的障害とみなされてしまうこともありますし、適切な教育機会を与えられなかった子どもたちでは、教育によって語彙や知識を習得し結果としてIQの数値が上昇することとも経験しました。

境界知能への支援
最近、知的障害のグレーゾーン(境界知能)という言葉をしばしば耳にします。IQが1標準偏差から2標準偏差の間、すなわち数値ではおおよそ71~85程度となる子どもたちのことを意味していますが、たしかにこの場合には社会的支援が乏しくなりがちだという課題はあります。マルチネス・レアル、フォルチらは境界知能についての国際会議で2020年にジローナ宣言「Girona declaration on borderline intellectual functioning.」を出しています。ここでもIQは一つの目安にはなるが、認知面や社会適応面での困難さへの対応が重要であることが述べられています。

今回は子どもの知的障害について簡単にまとめてみました。どのような福祉の支援があり、教育の支援があるかなどについては次回以降にお話ししていこうと考えています。

リンク先はKODANSHAというサイトの記事になります。
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