100歳時代の歩き方
2025/3/2 09:00
本江 希望 ライフ|からだ 100歳時代の歩き方

アプリを使ったヒアリングフレイルのチェックを受ける高齢者=東京都豊島区(本江希望撮影)
3月3日は耳の日。聴力は40歳代から衰え、75歳以上の半数が聞こえにくさを感じるとされる。聞き取る機能が衰える「ヒアリングフレイル」を放置すると、心身の衰えや認知症のリスクが高まるという。聴力低下で会話が聞き取れないと認知症傾向と誤認されてしまうケースもあり、ヒアリングフレイルの早期発見や理解を広めることが急務だ。
「子音を聞き取るのが少し難しかった」
東京都豊島区の高齢者施設で、アプリを使ってヒアリングフレイルを調べる「みんなの聴脳力チェック」を受けた89歳の男性は、こう感想を漏らす。
「あ」や「か」などの単音を聞き取るチェックで、男性は「た」を「は」、「ね」を「せ」に間違えるなどし、聴取率(正しく聞き取れた割合)は65%だった。
日本語は「あ(a)」「い(i)」などが母音で、「た(ta)」「は(ha)」「ね(ne)」「せ(se)」などは出だしが子音で母音と組み合わさっている。チェックでは母音、子音別の聴取率も表示される。男性は通常の会話に支障はないが、出だしが子音の語が聞き取りづらかったという。
豊島区ではヒアリングフレイルの早期発見のため、区内在住・在勤の65歳以上を対象にチェックを無料で実施。聴取率が60%以下だと加齢性難聴の疑いがあるとして、耳鼻咽喉科を案内している。今井有里・高齢者福祉課長によると、令和5年度は313人がチェックを受け、約3割が60%以下だった。「加齢性難聴の進行は自分で気づきにくい。早期発見で医療機関につなげ、治療や補聴器などによって生活改善につなげていきたい」と話す。
国立長寿医療研究センターもの忘れセンターの佐治直樹・副センター長によると、「加齢性難聴は一般的に周波数の高い音域から聞こえなくなるのが特徴で、周波数が高い子音が聞き取りにくくなる」という。

聞こえが悪いと、会話によるコミュニケーションが難しくなり、孤立によって心身の活力の衰えが進むことが考えられる。音声の刺激が減ることで脳が萎縮し、認知機能が低下するリスクもある。佐治氏らが行った調査では、高齢者に難聴があると、認知機能低下の合併が1・6倍多いことが明らかになった。
佐治氏は「大音量や騒音を避けたり、禁煙と節酒や健康的な食生活、睡眠、運動を行ったりすることで、難聴の進行を遅らせることも重要だ」と話している。
「難聴への理解で高齢者の孤立防いで」
ヒアリングフレイルを提唱してきた一人が、聴脳科学総合研究所の中石真一路所長だ。東京都豊島区が導入しているアプリ「みんなの聴脳力チェック」のほか、スピーカー型の対話支援機器「comuoon(コミューン)」といった、早期発見や会話支援のシステムを開発した。
医療や介護現場で、難聴で言葉が聞き取れない高齢者が認知症傾向と見なされ、孤立してしまうケースが少なくないことから、早期発見の重要性を訴え続けてきたという。
補聴器は音を増幅して聞きやすくする医療機器だ。中石氏は「補聴器は補聴器相談医のいる耳鼻科に相談した上で、専門職のいる補聴器販売店で購入することが重要だ。ただ、高額であることから装着を躊躇する人もいる」と指摘。日本補聴器工業会の調査によると、主な価格帯は片耳1台が10万~30万円とされ、普及率は約15%にとどまっている。
軽度の難聴や補聴器まで必要ないと耳鼻科で診断された人には、高性能の集音器やスピーカー、自分で調整するOTC補聴器も進化しているという。
昨年10月には、米アップルがワイヤレスイヤホン「AirPods Pro 2」で、軽度から中等度難聴者向けのヒアリング補助機能の提供を開始。聴力に応じて、音が聞きやすくなるように調整できる。
中石氏は「高齢者の難聴への理解を広げるとともに、会話を支援するツールをもっと活用していくことで、高齢者の孤立を防ぐことが重要だ」と訴える。(本江希望)
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