店員は「いらっしゃいませ」と言いません-。
筆談でコミュニケーションを行う雑貨店が奈良市内にオープンし、話題を呼んでいる。
店内では筆談用のホワイトボードやノートが随所に置かれ、手書きの文字がデザインされた雑貨を販売。
店名は「モジマトペ」。
そこには、聴覚障害のある店主、加藤慎也さん(39)の強い思いが込められている。
《何か書いて》《今日は30度ぐらいあるみたい》。
店内の筆談ノートには、店員と客らのたわいもないやり取りが、色とりどりのペンでつづられている。
加藤さんは「筆談は形が残る。他の客の書いた会話を見て、話題が広がることもある」と話す。
2歳のときに高熱の後遺症で右耳の聴力を失い、21歳で左耳も聞こえづらくなった。
病院に通院したが原因はわからず、聴力の回復も見込めなかった。
先が見えない治療を続けることはつらく、耳が聞こえないということを受け入れようと、手話サークルに入り積極的に習得に励んだ。
だが、幼いころから手話を使っている人とのやり取りではわからない部分も多く、孤独を感じるように。
一方で、加藤さんが携わっているデザインの仕事は、依頼を受けるときにメールでやり取りをすることが多かったが、文面からは相手の感情が読み取れず不安があった。
人と関わることが怖くなり、外に出る機会も減った。
そうした中で「このままではいけない」と思い、仕事の打ち合わせは可能な限り対面で行うようにした。
意思疎通の手段は、筆談だ。柔らかな手書きの文字は、相手の印象を大きく変えた。
絵文字をつけてくれる人もいた。
「相手の感情が伝わって、音声を取り戻せたような気がしました」
さらに、交流サイト(SNS)で筆談に関心のある2人と出会って意気投合。
令和3年に筆談を社会に広げる活動を行うため合同会社「mojicca(モジッカ)」(三重県)を設立し、学校での講演や地域のイベントへの出店を行ってきた。
今年6月に加藤さんがデザイナーだったことから、雑貨店をオープン。
店名は擬態語などを意味する「オノマトペ」に、文字の可能性を期待する意味を込めて「モジマトペ」と名付けた。
店内には加藤さんが温かみのある手書きの文字でデザインしたマグカップやトートバッグが並ぶ。
これまで筆談を経験したことのないような人が来店し、「新鮮だ」「気軽にできる」などと筆談に興味を示しているようだ。
加藤さんは「携帯電話の普及などで文字を書く機会は減っている。
でも、人に気持ちを伝えられるという手書きの文字ならではの良さがある。
筆談への抵抗をなくして、手書きの文字の魅力を伝えたい」と話している。(堀口明里)
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