2025/03/21 10:00
聴覚に障害のある選手がプレーする「デフサッカー」男子日本代表キャプテンの松元卓巳さん(35)。11月に日本で初開催される聴覚障害者の国際スポーツ大会「デフリンピック」で、金メダル獲得を目指している。何事にもくじけずに向き合うチャレンジ精神は、中高生時代に培われたものだという。(読売中高生新聞編集室 矢子奈穂)
明るく過ごせた理由は…
「私には『先天性混合性難聴』という障害があり、生まれつき両方の耳がほとんど聞こえません。両親がそのことを知ったのは、私が2歳の時に受けた健診だったそうです。家族や親族の中で聴覚障害者は私だけ。両親はかなり心配したと思います。

デフリンピックサッカー日本代表主将の松元卓巳さん
耳に補聴器をつけると、少しだけ聞こえるのですが、健常者の聴力レベルには遠く及びません。幼稚園の頃から、母に連れられて、言葉を学ぶ教室にほぼ毎日通い、相手の唇の動きから話を読み取り、伝えたいことを声に出す『口話』というコミュニケーション方法の訓練を受けました。
地元の小学校では、通常学級に在籍しました。私の席はいつも一番前。担任の先生は、声を補聴器に届ける専用マイクを使って授業をしてくれました。クラスメートたちも、私の近くで『だいじょうぶ?』と話しかけて、助けてくれました。いじられたり、仲間はずれにされたりすることは一度もありませんでした。今思えば、障害があることをあまり悩まずに明るく過ごせたのは、先生や友だちが優しく接してくれたおかげです」
小学生時代、夢中になったものが二つあった。

1歳の頃(松元さん提供)
「テレビアニメはほとんど見ない子でした。音声を文字でテレビ画面に表示する字幕が出なかったので、私にはキャラクターが何を話しているのか全然わからず、まったく面白くなかったからです。テレビアニメに代わる楽しみは、本や漫画を読むことでした。
本や漫画は人との会話と違って、文字や絵で内容を理解でき、その世界にどっぷり 浸ひた ることができました。戦国時代や明治維新などをテーマにした歴史漫画や、『トム・ソーヤーの冒険』などの物語が好きで、たくさんの本を読みふけりました。学校の図書室で借りる本の数を競うランキングは、常に上位でしたね。
もう一つ夢中になったのが、サッカーです。小学3年の時に友だちに誘われて、地元のサッカー少年団に入りました。毎日ひたすらボールを蹴って練習に明け暮れ、試合に勝つという喜びを初めて味わいました。今の自分のポジションと同じゴールキーパーに手を挙げたのは、5年生の時。日本代表のゴールキーパーとして活躍した川口能活選手のプレーに憧れたことがきっかけです」
中学時代、頭の中はサッカー一色になるが……。
「中学校でも通常学級に在籍し、サッカー部に入りました。小学校と違う環境になり、リスニングなどで耳を使う英語の授業にはついていけなくなりました。それでも、1年生で地区の選抜選手に選ばれて、『自分にはサッカーがある』という自信が心の支えでした。サッカー名門校の東福岡高校への進学を目標に練習を重ねました。
ところが、中学2年の時、父の転勤で鹿児島県へ引っ越しをしなければならなくなりました。転校先の中学校でもサッカー部に入りましたが、部員は15人ほどと少なく、何より耐えられなかったのは『試合に負けてもいい』という緩い雰囲気でした。

デフサッカーの試合でプレーする松元さん(左)(提供写真)
『弱いチームにいたら、自分はダメになる』。危機感が募り、ある日、父に『強いクラブチームに入りたい。練習グラウンドが遠いので車で送迎してほしい』と頼み込みました。応援してくれると思っていた父は、『お前、本当にサッカーがうまいのか? 上手なやつはチームを勝たせることができる』とはねつけました。
『どうしたらいいんだ……』。考えた末に、私はある行動に出ることを決めました」
(つづく。次は「強くなりたい!」です)
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