2024.11.18(月)
平松 類
(写真:metamorworks/Shutterstock)
「高齢の親にやってほしいこと、直してほしいことがあるのに、意固地になって言うことを聞いてもらえない」と悩んでいる人は多い。だが、それは単に「歳をとったせい」ではなく、別の医学的な理由である場合も考えられる。高齢者も含めた医療コミュニケーションについても研究している眼科医の平松類氏が、高齢の親への接し方を解説する。(JBpress)
※本稿は『老いた親はなぜ部屋を片付けないのか』(平松類著、日経BP 日本経済新聞出版)より一部抜粋・再編集したものです。
「加齢性の難聴」の可能性も
自分の親など歳をとった人にいくら言っても聞いてくれないのは「歳をとると意固地になるから」と勝手に決めつけてしまっている人もいます。でも実際は、高齢者は別の医学的な理由で言うことを聞いてくれない場合もあるのです。
例えば聴覚の問題があります。高齢になると、よく知られているように、耳がよく聞こえなくなります。見えなくなる、いわゆる老眼に関しては「どういうふうに見えないか」というのがよく知られています。「手元が見えない。けれども遠くが見える」。これが老眼です。ですから書類を手元から離せば文字が読めます。老眼鏡をかければ本が読めます。当たり前ですが、老眼の場合すべてが見えなくなるわけではありません。
(写真:siro46/Shutterstock)
このように、「老化」というものは、すべての機能が等しく衰えるわけではなくて、強弱があります。一方で、聞こえなくなるということに関しては、40代~50代の子世代には「どのように聞こえなくなるか」という情報があまりありません。なぜなら、老眼と比較すると加齢性の難聴になる年代はかなり上だからです。
老眼は45歳程度で始まるので、自分自身も老眼が始まり、「老眼とはどういうものか」は実感として分かります。加齢性の難聴は60代から徐々に始まりますが、実際に問題になるのは70代以降。統計的には70代で半数、80代で70%が難聴というデータもあります*1。
*1 内田育恵ら「全国高齢者難聴者推計と10年後の年齢別難聴発症率:老化に関する長期横断疫学研究より」日本老年医学会雑誌 2012;49(2):222-227.
高齢者は高音域が聞こえにくい
加齢性の難聴になると、すべての音が聞こえなくなるかというとそういうわけではありません。高音域の音は聞こえにくくなりますが、低音域の音は聞こえます。低い音(500㎐)と比較すると、高音域(2000㎐)を聞き取るには1.5倍の音量が必要というデータもあります*2。
*2 立木孝ら「日本人聴力の加齢変化の研究 Audiology Japan. 2002;45(3):241-250.
このため、よく高齢者は「こちらの要求は聞いてくれないのに悪口は聞こえる」と言われます。これには理由があるのです。要求をするときは声を高く張り上げて相手に話しかけることが多いですよね。そのため高音になり聞こえにくい。けれども悪口は周りに聞こえないようにひそひそと低い音で話すので、高齢者には聞きとりやすくなるわけです。
また、若い女性の声も高くて聞こえにくくなるので、「息子の声は聞こえるけれども、息子の妻の声は聞こえない母親」というのも珍しくないわけです。こうしたことが「嫁姑問題」を複雑化させているケースをよく見かけます(ただ、これには諸説あり、人の声の音域なら問題ないとも言われていますが、1つの説として参考にしていただければと思います)。
また、高齢者は高音域が聞こえにくいのに、街中ではアナウンスに若い女性の声が多用されます。私はつくづく、世の中は高齢者に合わせていないな、と感じます。
低い声で・ゆっくりと・正面から
では、耳が遠くなった高齢者には、どのように話せばいいのか。「低い声で・ゆっくりと・正面から」話しかけるのが基本になります。
医療の現場でも、女性看護師が大声で一生懸命話しても聞こえない高齢者が、男性の私がゆっくり低い声で話すと聞こえるということがあります。また、雑音が多い場所でほかの音とより分けて必要な言葉を聞くことも、高齢になると不得意になります。ざわざわした場所での声かけは、思っている以上に聞き取りにくいと理解したほうがよいでしょう。
また、加齢性難聴で耳が遠くなってきた親には、ぜひ補聴器を勧めてあげてください。難聴は、アルツハイマー型認知症のリスク要因にもなります。耳が聞こえづらい状態を放置していると、認知機能にも影響があるのです。
(写真:metamorworks/Shutterstock)
しかし補聴器を利用して聴力を補えば、認知症のリスクを避けられることが分かっています。特に、65歳よりも若くして聴力が衰えてきた人は、それだけ認知症のリスクが高まるので、積極的に補聴器を活用したほうがいいといえるでしょう。
ただし、補聴器をいやがる高齢者も多くいます。「補聴器をつけるなんて年寄りくさい」と思うのかもしれません。確かに昔の補聴器は大きくて目立つものでしたが、いまではかなり小型のものもあり、見た目の問題はだいぶ改善されています。
それよりも気を付けなくてはならないのは、「使ってみたけれども、よく聞こえなかった」と言って、使うのをやめてしまうことです。
実は補聴器は、買ってすぐに快適な状態で使えるわけではないのです。その点が眼鏡とは違います。もちろん、買ったときにお店の人がその場で調整はしてくれますが、その1回の調整だけでは不十分なのです。生活をしながら、その聞こえ具合に合わせて、何回も調整を繰り返して、やっとその人に合った状態になります。
ですから、耳が遠くなってきた親に子ができることといえば、補聴器を勧めることと、「何回も調整すれば快適になるよ」と教えてあげることなのです。
高齢者だけど、自分が高齢者だと思っていない
また、こうした「難聴によって話が聞こえにくい」という身体的な問題だけではなく、高齢者とそうでない人の間での意識の違いもあります。
親が80代ともなると、腰が曲がったりして、子世代は「自分たちが守らなければ」という意識で見るようになります。けれども80代の親にしてみれば、50代であっても子どもはいつまでも子どもです。自分が30代や40代で10代の子どもを見ていたときの気持ちから変わっていないのです。
つまり、子ども側から見ると親は「守る対象」になっているが、親としては自分が「守られる立場」とはちっとも思っていない。高齢者は「歳をとった」と自分で言うけれども、自分が「高齢者」だとは思っていないことが多いのです。
親だけでなく、取引先や上司も、「歳をとったから言うことを聞かなくなった」のではなくて「もともと言うことを聞かない人」だったのかもしれません。周りの人からすれば、もう高齢なんだから言うことを聞くだろうと、つい思ってしまう。そのため「言うことを聞いてくれない」とイライラしてしまう。
ですが、そもそも上司、社長が部下の言うことをハイハイと聞くはずがないのです。こうした人たちに言うことを聞いてもらおうと思ったら、要求するのではなく「お願いをする」という姿勢で接し、そうすることが得だと思ってもらう、つまり具体的なメリットを提示する工夫が必要です。
『老いた親はなぜ部屋を片付けないのか』(平松類著、日経BP 日本経済新聞出版)
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