2024.11.14
熊本 美加熊本 美加
医療ライターの熊本美加です。
コロナパンデミック以来、使用頻度がグッと高くなった電子体温計。ところがここ最近「ピピッ」という音が聞き取れず、「これ感度が悪い?」とブンブン振ったり、測り直したりが度々。さらに、会話の最中に「えっ?」と聞き返すことが増えてきて、「自分の耳が遠くなっているかも……」と気になっていたのです。
そんな折、ショックなことが――。私は心肺停止から蘇ったという経験をもつのですが、それ以降、地域とのつながりを求めて手話を習い始め、すでに4年目になります。その手話講座の最中に、DVDから流れる音声が聞き取れなかったのです。元の音声が聞こえないと当然、手話での通訳はできません。その日の講師への質問紙に、聞き取りに不安がある旨を書いて提出しました。
すると、翌週の授業で私の質問が取り上げられました(だれの質問かは伏せられていました)。スライドに映しだされた「耳が遠くて音声が聞き取れないとき、手話通訳はどうすればいいのでしょうか?」という質問を教師が若干笑いながら読み上げると、次に映ったのは「まずは医療機関へ」との大きな文字。受講生全員がドッと笑いました。続けて「知識不足」との文字。「知識があれば多少聞き取りにくい状況でも、単語をキャッチできるはず」との説明がありました。「確かにそうかもしれないけど……」私はやり場のない絶望感に襲われたのです。
写真:Shutterstock
後日、近所の耳鼻咽喉科で聴力検査を受けました。私は50代ですが、結果は同世代の半分程度しか聞き取れていない難聴で、補聴器を検討するレベルとの診断。治ることはなく、この先は悪化を食い止めるしかないという辛い現実を突きつけられたのです。
友人たちに打ち明けると、「私も耳鳴りがひどくて、病院に駆け込んだら突発性難聴だった」「会話が聞き取れなくて、適当に相槌をすることがある」など、聴こえが悪いことでのトラブルを抱えている人が想像以上に多いことがわかりました。
「加齢による難聴は40代ごろからはじまります」。そう教えてくれたのは、成瀬はやし耳鼻咽喉科・院長の林武史先生。人生100年時代と言われる今、40代のうちから聴こえに意識を持っておかないと、認知症など、将来のさまざまなリスクにつながるといいます。今回は先生に耳の聴こえについてお話を伺いました。
難聴になる原因は主に2種類ある
難聴と診断された私。ただ年のせい? 今までの爆音ライブ通いが祟った? ヘッドフォンで音楽を聴き過ぎ? 父もすごく耳が遠かったので遺伝も関係がある? 頭に浮かぶ疑問符を林先生にぶつけました。
「まず、難聴には2種類あります。ひとつは鼓膜に穴があいたり、中耳炎などの病変で、振動がうまく伝わらなくなる『伝音性声難聴』。もうひとつは、感覚細胞の減少や損傷によって電気信号がきちんと脳に伝わらない『感音性難聴』。加齢を原因とする難聴もこちらに入ります。また、両方の障害が起きる場合は『混合性難聴』と言います」
「熊本さんのケースですと、おそらく原因は加齢による難聴ではないかと思います。加齢による難聴は40代ごろから始まります。これは、音を電気信号に変える内耳の感覚細胞が減少していくためといわれています。
お父さまも耳が遠かったとのことですが、遺伝性難聴の場合は幼少期から聞こえが悪く、徐々に悪化していくケースが多いです。
聴こえを悪くする大きな原因にストレスがあります。また、大きい音はたしかにリスクとなります。大きな音の中で長時間過ごしている方、たとえばパチンコ店や工事現場などで働く方などで耳の聴こえに悩む方は多いです。熊本さんのように、コンサートの後に耳が聞こえないと訴えられる患者さんもいらっしゃいますが、それは一時的なもので、お薬や自然に元に戻る方が多いです。ヘッドフォンも大音量で長時間使うのでなければ問題ありません」
感音性難聴の場合、聴力の回復が難しいケースが多々あります。まずは耳の違和感を感じたら、なるべく早くに受診することが大切ですが、受診の目安などはあるのでしょうか?
「私、耳が遠くなった?」病院を受診する目安は?
私は、「その日の体調が悪い」「周りがうるさいから」と聞こえにくさに理由をつけ、病院に行くのは二の足を踏んでいました。林先生に受診すべき自己判断基準を教えてもらいました。
<受診の判断基準>
・10分以上耳鳴りがする
・急に聞こえなくなった
・閉塞感が続く
・電子音(電子体温計の「ピピッ」や電子レンジの「チン」)が聞こえない
・静かな場所で、1対1で話していて聞き返しが増える
・講演会などで、音は聞こえるが言葉として聞こえない
「ひとつでも当てはまるなら、聴力検査を受けてみることをお勧めします。特に最初の2つは『突発性難聴』の疑いがあるため、一刻も早く耳鼻咽喉科へ。突発性難聴は早期発見・早期治療が重要です。今は生活に支障のない方でも、耳鼻咽喉科では健康診断の聴力検査では受けられない詳細な検査も受けられるので、一度受けておくといいでしょう」
どんな疾患も早期発見・早期治療は鉄則です。私は近所の耳鼻咽喉科に飛び込んで、「聞こえの検査をお願いします」と伝えるとすぐに案内され15分程度で終了。費用は数千円ほどでした。
私は補聴器を使いはじめたほうがいいのか?
私のような加齢性難聴の場合は、手術や薬では治りません。気が進みませんが、補聴器で聞こえのサポートを検討すべきなのでしょうか?
写真:Shutterstock
「補聴器をつけるにあたり、聴力の基準はありません。ご自身が会話・テレビの音が聞こえないと困っているなら、補聴器や集音器を検討してください。
集音器はオーディオ機器のため細かい調整はできませんが、価格はリーズナブルです。補聴器はオーダーメイドの医療機器で、価格は片耳約20万円ほどから高額なものまであります」
補聴器に二の足を踏んでしまう理由として、付けたときの見た目の問題よりも、父は何度も補聴器の調整に通っていたけれど、どうしても聴こえ方に違和感があると、高額で買った補聴器を付けることが少なかった。その印象が強く残っているからです。
「たしかに、補聴器を買っても使わず、タンスの肥やしにしている人も多いんです。たとえば、メガネはかけるとすぐに見えますが、補聴器の場合は聞こえにくい脳を聞こえる脳に変換するために、調節と訓練の時間が必要です。目安として、まず3カ月程度はしっかりつけて細かい調整を繰り返すことで、違和感を払拭していくことができます。補聴器をつけることで、その方の耳の能力がよけいに悪くなることはありません」
加齢とともにどうしても聞こえは落ちていきます。聴力を守るためにできるのは大きな音を長時間浴びるのを避ける、適度な運動と規則正しい生活など全身の健康を維持することぐらいです。今後、より聞こえにくくなりコミュニケーションが困難になる自分の未来が心配でたまりません。
聞こえにくさがうつ病や認知症の引き金に
耳鼻科医として、林先生が補聴器を根気よく調整しながら使用してほしいと話すのには理由がありました。
「会話が聴こえないことが増えると、聞き返すのもだんだん面倒になり、適当なうなずきでその場をやり過ごすなど、意思疎通がうまくいかなくなります。それを繰り返しているうちに会話自体が減って、人と会わなくなり、孤立につながってく。それがうつ病や認知症といった病気の引き金になることもあるのです」
写真:Shutterstock
長寿社会を生き抜くためには、早くから聴こえの度合いに意識を向けたり、聴こえが悪くなったとしても筆談や会話を文字変換してくれるアプリを活用し、コミュニケーションを諦めないことが必要でしょう。また、耳が遠い人に対し、ゆっくりはっきりと話しかけるなど、周囲の理解も大切です。
“聴こえにくい”という私の悩みに、手話講座で教師と生徒のほとんどが笑ったこと。その理由はわかりませんが、私の胸にできたしこりのようなものは消えないまま。コミュニケーションのための技術を磨くことと、実際に障がいを持つ人の心に寄り添えるかどうかは別問題なのかもしれないと感じました。
聴力のみならず、加齢とともに少なからず感覚器の劣化による障がいは誰にでも訪れます。障がいのある人ない人が関わり合い、互いの違いを理解し、認め合い、共に生きる社会実現。ハードルは高いですが、何かやれることがあるはずと考えずにはいられません。
林 武史(はやし たけし)
成瀬はやし耳鼻咽喉科・院長。医学博⼠、日本耳鼻咽喉科学会 認定専門医、厚労省認定 補聴器適合判定医、日本耳鼻咽喉科学会 補聴器相談医ほか。⼤学病院や地域の医療機関で、⽿⿐咽喉科医として、乳幼児の先天性疾患や急性疾患から⾼齢者の癌や慢性疾患まで幅広い症例を診察。年間150件以上の手術を行う。そこで培った臨床経験を活かし、地域医療に密着貢献のクリニックを2017年に開業。
取材・文/熊本美加
構成/宮島麻衣
熊本 美加Mika Kumamoto
東京生まれ・札幌育ち。医療ライター、性の健康カウンセラー。大学卒業後、広告制作会社などを経てフリーライターに。更年期ウイメンズ&メンズヘルス、性感染症予防・啓発、性の健康についての記事をメインに執筆。2019年に山手線の電車内で心肺停止で倒れ救急搬送され蘇る体験以後、救命救急、高次脳機能障害、リハビリについても情報発信中。著書に『山手線で心肺停止! アラフィフ医療ライターが伝える予兆から社会復帰までのすべて』、実の父であり「男性医学の父」と呼ばれた泌尿器科医・熊本悦明の名著に改定を加えた共著『新アダムとイヴの科学』など。
リンク先はミモレというサイトの記事になります。