大音量・長時間の使用で音を感知する細胞が壊れる「ヘッドホン・イヤホン難聴」
動画や音楽の視聴、オンライン会議などで私たちの生活に必要不可欠となったイヤホン。近年、ヘッドホンやイヤホンの使いすぎで耳が聞こえづらくなる「ヘッドホン・イヤホン難聴」が問題になっている。
「ヘッドホン・イヤホン難聴とは、大音量で音楽を聴き続けることにより起こる難聴です。難聴というと、多くの人が歳をとって聞こえづらくなる加齢による難聴をイメージすると思いますが、ヘッドホン・イヤホン難聴は年齢問わず、使用している誰もが起こるリスクがあります」
と話すのは、日本医科大学付属病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科の松延毅医師。
世界保健機構(WHO)は、「12~35歳の若い世代の約50%にあたる世界の約11億人が、難聴のリスクにさらされている」と警鐘を鳴らし、’19年に音量や使用時間についてのガイドラインを発表している。
ヘッドホンやイヤホンを付けて音を聴くと、普通に音楽を聴くよりも耳の中にダイレクトに音のエネルギーが伝わるため、耳へのダメージは当然大きくなる
ヘッドホン・イヤホン難聴は、耳の中の内耳にある蝸牛(かぎゅう)という器官の障害が関係している。
「音は空気の振動として耳の中を通り、鼓膜を震わせます。その振動が、中耳の中の耳小骨(じしょうこつ)という小さな骨に伝わり、さらに内耳の蝸牛に伝わります。音による振動は、蝸牛の中にある有毛細胞で蝸牛神経の電気信号に変換され、脳に伝わります。これが『音を聴く』仕組みです。
音を感知するために重要な役割を担っているのが、蝸牛の中にある有毛細胞です。ヘッドホン・イヤホン難聴は、大きな音のエネルギーによりこの有毛細胞がダメージを受けることで起こります」
自分では気づきにくく、早期発見が難しい難聴
ヘッドホン・イヤホン難聴は、急に耳が悪くなるのではなく、5年、10年かけてじわじわと進行するのが特徴だ。大音量・長時間の使用が長年続き、有毛細胞へのダメージが蓄積することで、徐々に聴力が悪化していく。
「大きい音で長時間使用している人はリスクが高くなります。音には、『dB(デシベル)』という大きさを表す単位があり、大人は『80デシベル』、子どもは『75デシベル』の大きさの音を、1週間に40時間以上聴いていると、難聴になるリスクが高くなるといわれています。
繫華街を歩いているときに聞こえる騒音は約80デシベル、電車の中の騒音は80~90デシベルといわれています。また、サッカーや野球などのスタジアムは100デシベルを超えることもあるといわれています。
電車の中でイヤホンを装着して快適に音楽を聴こうとすると、80デシベルは優に超えてしまいます。人と会話をする際の音の大きさは、60~65デシベルとされていますので、80デシベルを超えないようにするイメージとしては、周囲の会話が聞き取れる程度の音量にするのが良いでしょう」
周りの声がわからないくらいの音量で、一日に何時間もイヤホンを使っている人は、今すぐ音量を下げたほうがいい。
また、ヘッドホン・イヤホン難聴は何年もかけて非常にゆっくり進行する。ごくわずかの聴力低下では自覚症状がほとんどなく、自分では気づきにくいのが難点だ。
「初期症状として、耳鳴りや耳閉塞感が表れることがあります。そのような耳の不調を感じて耳鼻咽喉科を受診し、聴力の検査をして初めて難聴とわかるケースも。しかし、初期症状が表れたときにはすでに難聴が進行しているため、早期発見するのはかなり難しいといっても良いでしょう」
治療法がなく「予防」するしか避ける方法はない
ヘッドホン・イヤホン難聴は、「耳鼻咽喉科医からみても怖い病気」と、松延医師は話す。
「この難聴のもっとも怖いところは、治療法がないことです。何年もかけて本人が気づかないままゆっくりと進行。そして、『聞こえづらい』『耳が塞がった感じがする』『耳鳴りがする』と感じたときにはすでに機能が低下しています。
一度ダメージを受けて消失した有毛細胞は再生することはありません。そのため、ヘッドホン・イヤホン難聴と診断されたら、デバイスの音量を十分に下げて使用時間を減らし、これ以上難聴が悪化しないようにするしか対処法はないのです」
「聞く力」を保ち、耳の機能を低下させないようにするには、これまでのヘッドホン・イヤホンの使い方を見直し、今日から「予防」することが何より重要になる。
「予防のために大切なのは、まず使用時間を減らすこと。1時間使ったら10分休むなど、イヤホンを外して耳を休める時間をつくってください。寝るときにイヤホンをつけ、音楽や動画を流しながら寝る人がいますが、これは耳にとっては最悪。ある程度の音量でも時間が長ければ耳にはダメージが蓄積します」
音楽を聴く際の音量の設定には個人差がある。難聴を防ぐには、どのくらいの大きさが適しているのだろうか。
「目安は、イヤホンを装着して周囲の会話が聞こえる程度。80デシベル未満の大きさです。ヘッドホン・イヤホンをして人に話しかけられても気づかない、周囲の音が全く聞こえないのは、80デシベル以上の可能性が高いでしょう。
また、ヘッドホン・イヤホンを選ぶならノイズキャンセリング機能付きがおすすめです。周りの雑音を抑制してくれるので、音量を上げすぎなくて済み、有毛細胞へのダメージが少なくなります」
そして、最低でも年1回、健康診断で聴力検査を受けること、耳の不調や違和感があれば、躊躇せず早めに耳鼻咽喉科を受診するなど、自分で判断せず医師、専門家に頼ることも大切だ。
「今は患者数が多くはないですが、今後はもっと増えることが予想されます。イヤホン使用の多い働き世代はもちろん、動画視聴やゲームなどで多用している小中学生、高校生などの子どもたちもリスクにさらされています」
臨場感や没入感があり、仕事で集中したいときやエンタメを楽しみたいときに活躍してくれるヘッドホンやイヤホン。便利な反面、このような弊害があることも事実。ある日突然「聞こえない…」と焦らないために、1日も早く、イヤホンの使い方を見直してみてはどうだろう。
松延毅(まつのぶ・たけし) 日本医科大学大学院医学研究科 頭頸部・感覚器科学准教授。日本医科大学付属病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科で診療にあたる。専門は、耳科学・聴覚医学・唾液腺疾患。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「ヘッドホン・イヤホン難聴対策ワーキンググループ」委員長を務め、グループでは学校保健委員会とも連携して学校における啓発活動も行う。
取材・文:釼持陽子
編集・ライター。’83年、山形県生まれ。10年間、健康情報誌の編集部で月刊誌・Webメディアの編集に携わったのちフリーランスに。現在はヘルスケア・医療分野などを中心に、医師や専門家の取材、企画、執筆を行う。
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