声なくとも“噺”語る 高座にかけるアオハル お笑いに体当たり

声なくとも“噺”語る 高座にかけるアオハル お笑いに体当たり

よどみない語りと豊かな表現力で、聴衆を噺(はなし)の世界に引き込む「落語」。

そんな伝統の「聴かせる話芸」に、耳の不自由な高校生たちが挑戦している。

声はなくとも「笑い」は伝わる。

額を流れる汗に、生徒たちの「青春(アオハル)」が輝く。

「強風にあおられて、女性の化粧が崩れていく様子を表すのはどう?」

10月上旬、県立熊本聾(ろう)学校(熊本市東区)の教室。この日の大喜利のお題は「ジェットコースター」。

「紅春亭(こうしゅんてい)マリオ」こと2年、茶屋道麻琳(ちゃやみちまりん)さん(17)が付けまつげが取れる様子を両手の動きで、強風を口を曲げることで表現する。

茶屋道さんの芸を見ていた生徒5人から、笑いが起こる。

その場を取材していた記者も、思わずつられて噴き出しそうになった。

茶屋道さんが演じたのは「手話落語」。

茶屋道さんが部長を務める「手話落語部」の稽古(けいこ)の一場面だ。

手話落語は上方落語の重鎮、桂福団治さん(83)が1978年ごろに考案。

福団治さんが声帯ポリープの手術で一時、声を出せなくなったのがきっかけで、声を使わずに噺を紡ぐのが特徴だ。

噺のおかしみとなる、同音異義語など言葉遊びの部分は削る。

その代わり、眉を上下させたり、頰をふくらませたり……。

噺家の表情やジェスチャーのほか、時に音声通訳やスクリーンに映し出される字幕などの仕掛けで噺を表現する。

熊本聾学校の手話落語部は89年、クラブとして始まった。

現在は中学部と高等部の生徒ら計9人が所属している。

創部以来、男子は「青春亭」、女子は「紅春亭」の亭号を引き継ぎ、下の芸名は各自で決める。

茶屋道さんは「自分は男勝りな性格だから」と本名の「まりん」の「ん」を「男(お)」にしたという。

普段の稽古は表現力を磨くため大喜利が基本。

大喜利では手話を知らない人にも伝わるよう、手話を一切使わない。

小話も練習しており、ネタは落語のほか、昔話をアレンジしたものを演じたこともあった。

落語からネタをもらう場合、言葉遊びをメインとしたものは候補から外す。

登場人物が多い噺も、演じ分けが難しいので対象外。

情景がジェスチャーで伝えやすく、オチが簡単な噺が手話落語では理想的だ。

茶屋道さんは中学部までは、鹿児島県立鹿児島聾学校(鹿児島市)に通っていた。

家族全員が聴覚障害者という「デフファミリー」で育ち「普通に耳が聞こえる人で生まれたかった、と思ったこともある。中学時代までは自分のことが嫌いだった」。

手話落語を知ったのは小学部の時。

動画投稿サイト「ユーチューブ」で熊本聾学校の手話落語の動画を見て「楽しそう。私もやってみたい」と心が動いた。

高等部への進学を機に熊本に転校し、手話落語の門をたたいた。

最初は恥ずかしさもあったが「今は思いっきり表現したり、どう表せば面白く伝わるか、をみんなで考えたりするのが楽しい」と語る。

そんな手話落語にとって、新型コロナウイルス禍は試練の日々だった。

マスク生活では、口の動きや表情などで噺を伝えることができないからだ。

それでも手話落語部の部員らはお互いに距離を取ったり、口元の開いたマスクなどを身に着けたりして細かな表情や指の動きなどの稽古に励み、表現の幅を広げてきた。

今春からマスク着用が個人の判断に委ねられると、部員たちも表情を取り戻した。

茶屋道さんの噺家デビューは9月に鳥取市で開かれた「第10回手話パフォーマンス甲子園」。

37都道府県から69校が参加する大舞台で、7年ぶり2回目の優勝を果たした。

熊本地震での被災体験を落語ではなく、シリアスな劇で表現した2016年大会以来の栄冠だった。

今回披露したのは、主人が留守の間に従者がおけの砂糖を平らげてしまう狂言「附子(ぶす)」をアレンジした手話落語。

主人は偉そうに肩を広げ、弟子は肩をすぼめるなどして、茶屋道さんが演じきった。

現在は月に1、2回、地域の行事などで高座に上がる機会も増えた。

「手話甲子園」にも前座で出演した、1年の森中優友(まさとも)さん(15)は「顔周りの空間だけで一つの世界を創り出せる。見る側も絵本を読んでいるみたいに吸い込まれる感覚になる」と魅力を語る。

手話落語を通じて、自分を表現する楽しさに気づいたという茶屋道さん。

鹿児島で離れて暮らす両親からも「高校に入って明るくなった」と言われたという。

噺のネタ作りなどでサポートする顧問の犬塚智大(ともひろ)教諭(39)は「前年の大会は演劇で入賞できたが、茶屋道さんの母語である手話の表現力は、落語でこそ生きる」とエールを送る。

「手話は私のアイデンティティーであり、母語であることが誇り。コミュニケーションの手話としての域を越え、一つの『エンタメ』として、手話落語を多くの人に楽しんでもらいたい」。

そう語る紅春亭マリオさんの周りには、今日も笑いの輪がたえない。【山口桂子】

リンク先はWeb東奥というサイトの記事になります。
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